« バタヴィア 1930 (3) 東の女王 | トップページ | バタビア百年1910 (4) ウエルトフレーデンのレストラン »

2010年11月 3日 (水)

バタビア百年 1910(3) ウエルトフレーデンのホテル

「全てのファースト・クラスのホテルは英語が出来る旅行ガイド(Pemadu)を置いている。 彼らの料金は食事・交通費を別として1日当たり2.5~3フローリングである。しかし旅行者は普通専門の旅行ガイドを必要としてない。なぜならオランダ人は全て英語かフランス語或いはドイツ語が出来、一方プリブミは文法が簡単で直ぐ覚えられるマラユをしゃべる。ホテルのポーター(マラユ語でMandoer=班長と言う)は皆英語が喋れ、チケットを買ったり荷物を預けたりその他一般に信頼できる。
市の旅行案内所はウェルトフレーデン、ライスワイクNo.17(Pool小路の北の隅) にある。毎日08:00-12:00 と17:00-19:00開いている。ここで旅行者はジャワ或いはオランダのヒンディアのその他地域のの旅行についての情報を無料で得る事が出来る。彼らは事前に旅程プランを用意している。旅行パンフレットもあり、ガイドブックも売っている。
Abhotel_des_indes_1910_e
Desindes1957_e0

ホテルは大半ウェルトフレーデンにある。ホテル・デス・インデスは西モーレンフェルトで130室保有、料金は7~15フローリングである。 ホテル・デル・ネデルランデンの、135室、7~12フロリングとグランド・ホテル・ジャワ及びホテル・ド・フランスの三つはライスワイクにある。東モーレンフリートにはセントラル・ホテル(ホテル・デス・インデスの向かい)、ホテル・トラムジヒトがある。これらは1階建で机・椅子と花卉が置いてある大きなベランダのある部屋である。建物はアッサム、ブリンギンや大きく高い木々が茂った庭に囲まれている。 一言でいえばジャワのファーストクラス・ホテルは全幅の称賛を浴び トロピカルの国に来た旅行者に多くのくつろぎを与える。」
オランダ時代随一のホテルはHotel des Indes とHotel der Nederlanden である。前者のHDIは現在コタ入口の Carrefour(その以前は Duta Merlin)で Nederlanden はスカルノ時代のHotel Dharma-nirmana、スハルトのBina Grahaで現在は Istana Museum である。 HDIの前ではないがジュアンダ通りに曲がる所にHotel Wisse(又はGalaries),現在の Hotel Melatiがあるが、この文章には出てきてない。その他Noordwjik・Citadelの方にHotel Rion de O’re(現在のHotel Sriwijaya)やHarmoniの裏に Hotel Pavilionもあったはずである。文章に出てくるGang Poolは現在の宮殿とセクネグの間を突っ切る道であったがそのあたりがPavilionがあったのだろうか。Hotel Grand Jawaはむしろ現在の内務省あたりか。 ホテルは名前も変わるしリノベされるので時代により別のホテルみたいである。写真のHDIは東洋一であった建物の前身である。二つを並べてみよう。文章にはsatu Lantaiとあるが殆どtingkat Duaのはずである。

|

« バタヴィア 1930 (3) 東の女王 | トップページ | バタビア百年1910 (4) ウエルトフレーデンのレストラン »

インドネシア・ジャカルタ歴史今昔」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: バタビア百年 1910(3) ウエルトフレーデンのホテル:

« バタヴィア 1930 (3) 東の女王 | トップページ | バタビア百年1910 (4) ウエルトフレーデンのレストラン »