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2010年11月 6日 (土)

バタヴィア 1930(4) 早朝サイト・シーイング

「サイトシーイングのベスト・タイムは早朝、4時から出るのが良い。ウエルトフレーデンの良い印象を見るためだ。ライスワイクから総督宮殿裏を過ぎてノルドワイクを経てウオーターループレインに向かう。軍司令官邸宅を過ぎてローマンカトリックチャーチからウィレムスラーンのミチールスの記念碑にでる。そこから宮殿正面へ、さらにバタヴィア・ソサエティ・ムジウム、理事のマンションとコーニングスプレインの北・西・南と周り、プラパタンに出る。そこの英国教会とDissenting宗派のクビタンの教会からクラマット・サレンバに出てウイレムIIIギムナシウムの素晴らしい並木を見てそれから右に曲がりマトラマンの美しい橋を渡りプガンサアンの英国代表者の別荘を過ぎてチキニは動物園へ、そしてメンテンとクブン・シリーのカントゥリーハウスを見ながらジャティ・バルーの可愛い眺めを橋から眺め最後はタナバンのヨーロッパ人墓地からライスワイクのホテルに戻るコースである。」

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ひどい英語の案内書で大分順序を書きなおし上の通りとなる。ダーンデルス宮殿を思い起こしウオータールー宮殿(現在の旧財務省)と訳すとその裏側というのははおかしい。前なら電車が通っていた。その次は軍司令官邸宅とあるがコンコルディア士官会館か、或いは未だ現在のカセドラルの裏に軍司令官邸宅があったのか或いは現在のパンチャシラ記念館かは不明(時期的にはパンチャシラ記念館であるので行きつ戻りつとなろう)。via Noordwijk and Rijswijk, past the back of the Palace of the Governor-General along the Waterloo Plain, past the residences of the military officers, the Roman-Catholic church, the monument erected to the memory of General Michiels では地図をたどれない。
ミチール将軍の記念碑はウオーターループレイン(バンタン広場)の前旧財務省・クーン総督の像とウォータールー戦勝記念碑の線上に立っていた。そこのウイレムスラーンを通るとコーニングスプレインに出るので現在のムルデカ・パレスから国立博物館へ更にモナス広場もおお周りして現在のホテルアルヤドゥタに出てくる。そこに現在も英国教会・クウィタン教会もある。ウイレムIIIのギムナシウムは現在の国立図書館である。チキニの動物園は現在のタマン・イスマイル・マルズキである。タナバンの墓地は現在のプラサステ墓碑公園である。これでは早朝観光と言うより朝早く出ないと回りきれないほどの詰め込み観光である。それでは小生もジャカルタ・ジャラン・ジャランに行ってこよう。
写真の電柱の立つところにミチールス将軍記念碑があった。イリアンの記念碑のある所には当時ウオータールー戦勝記念碑が建っていた。 なお特にオランダ語は中国式(=我流)発音であることを断っておく。

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