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2010年11月26日 (金)

バタビア1930 (5)

次のバタビア市内観光コースはスンダ・クラパである。
「朝6時に馬車或いは蒸気電車でコタのターミナル迄行き、そこから歩いて“Kleine Boom”に行くのであるがMariamの大砲を見てゆきそれからバタビア城の門を通って歩いてゆける。
この大砲は土人たちに神聖で不妊の御利益があると信じられて西側の生い茂った木の下に置かれている。
そこからパッサール・イカン(魚市場)に歩いてゆく。近くには偉大なるモハマッドのモスクがありLoear-Batangと呼ばれている。
オランダのつり橋をKali Besarに渡る。東側は少し陰気である。西側はちょっと昔の貴族たちの住宅が並びそれを数えながら、美しい中国人地区にはいる。ベニスを思いだす絵の様な景色である。ここで20,000人が活発に陽気に生活している。中国劇場もあるこのGlodokから又電車にのりホテルに帰る。」

Kleine Boomと言うのはそれまでスンダクラパ港に入港していた欧州からの船が着いて乗客が通関する場所であったが、実際はそこまで電車の便があったはずである。
バタビア城への玄関はアムステルダム・ポートと言われ今のCengkeh通りにあった。
ルアル・バタンのモスクは近いけど歩いて行くにはちょっと遠い。
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又戻ってカリ・ブサールの東側からつり橋を渡ると今のホテル・バタヴィアでそこからピントゥ・クチールに向かって運河を南下すると美しい場所はToko Tiga等があった運河の三叉水路当たりであろうか 写真の一つは或るレストランに飾ってあった昔のTOKO Tiga辺りの絵である。

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