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2010年11月11日 (木)

Batavia百年1915(6) ウエルトフレーデンの中心道路

「Weltvredenは住宅地で、そこにはオランダ人、イギリス人及びでコタの方で事業をやっている他の外国人が住んでいる。道は幅が広く、家々も開放的で広々としている。もう何年か前に上水道も下水設備も揃っている。
Weltvredenの中心に二つの公園がある。Waterlooplein とKoningsplein.で前者にはWaterloo記念碑がある。
Abnordwjik_1910_e


Noordwijk と Rijswijkの二つの道が川を隔てて並行している様は非常に魅力的である。特に夕方馬車に揺られていく時が素晴らしい。,
その他にMolenvliet、 Kramat、Tanah Abang そしてKebon Sirih,がウェルトフレーデンで重要な道である。バタビアは商業的にはスラバヤとスマランに次ぐ第3の都市であるがオランダ領東インドHindia Belandaの首都である。
ノルドワイク(Kota Utara)は行政的にはマンガブサールに属するが、ウェルトフレーデンの一部と思っている人は多い。ノルトワイクは繁栄の中心地となり南側のライスワイクと並行している。この道には大きくて高いアッサムの木が植えられその両側に多くの店や欧州人の事務所或いはレストランがある。」


Waterlooplein というのが現在のバンテン広場でイリアン開放の塔が建っている所に何故かナポレオンとの戦勝記念碑が建っていた。Koningspleinは現在のモナスである。.
Noordwijk と Rijswijkはイスタナ・ネガラの前の運河を挟み、ノルトワイクが北側(コタ側 意味も北地区)ライスワイクが南側(宮殿側 意味は柳地区)である。その昔はそれぞれの北端と南端に砦があった。現在でもノルトワイクの方が商業的に繁栄している点で100年間変わってない事になる。
ただ、戦前の日本商社はスラバヤに本店、スマランに支店を設けていた筈である。

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