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2010年12月10日 (金)

KKOは生きている

レストラン AMPERAとレストラン Bandar Bataviaをブログにしたがこの二つをつなぐ道がある。レストラン・Amperaがある訳ではないがクマンから南下する道がAMPERA RAYA通りでこれが南のチランダックにはいる所からJl. KKOとなりそのNo.22にレストラン Bandar Bataviaがある訳でブログの話題がつながっただけである。
所でこのKKOと言うのはよく目にするが元ジャカルタ市長のアリ・サディキン氏もKKO中将であり、スカルノ時代マレーシア対決作戦でシンガポールに侵入しマクドナルドを爆破し銃殺された爆弾三勇士もKKOの作戦である。
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つまりKKOとはインドネシアの海兵隊である。インドネシアの海兵隊はKorps Marinirと言われTNI海軍の一つの主力司令部(Kotama:Komando Utamaで海軍の組織である。他の主力にKoarmatim(東部艦隊), Koarmabar(西部艦隊)等がある。
Korps Marinirの由来は1945年11月15日に遡る。初代司令官はAgoes Soebektiで、この日が海兵隊の記念日となっている。 1948年この部隊はKorps Komando Angkatan Laut (KKO AL)と呼称されたが1975年にKorps Marinirが正式名称となった。 ゲシュタプ9.30事件の際、ルバン・ブアヤの穴から犠牲となった7将軍を掘り出したのも海兵隊でスハルト崩壊時街の治安にあたったのも海兵隊であるが又農民銃殺Alastlogo事件等も起こしている。本部はKwitangのGunung Agung書店の前で、3旅団(Brigade)、3大隊(Batalyon)編成でその一つがここCilandakにあるのである。

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