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2010年12月 4日 (土)

幸せのセントーサ

久しぶりのセントーサであったが、タクシーで15分程度で行けるとは夢思わなかった。昔の記憶がないがあのケーブルだけ写真でもおなじみであったが、今やブリッジもあり、モノレールも走っていいるので市内と変わらないのだ。島の中は無料の遊覧バスが縦横に利用でき、このモノレールまで無料である。 街の人々は親切でタクシーの運ちゃんと喋りながら観光もでき、観光客誘致もここまで来ると本物である。シンガポール陥落の降伏文書に調印させている山下将軍だったかかその絵を見に行くためで、あと英軍が守ったシロソ砦もコースにあったがシロソはホテル建設中で近ずけなく、
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イメージ オフ シンガポール歴史博物館は時間切れで諦めた。人々の記憶には山下などとっくにない様である。 JKT-SPRはガルーダのドル箱路線であるはずだが、距離が短い為シティジェットで小さく満席である。通路が一つなので席に全員が着くまで30分はかかる渋滞である。チキンマカロニは頂けないし、着陸後のジャカルタはバスに乗らされ、ここはジョグジャに着いたかと思った。

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