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2011年1月 5日 (水)

リーフデ号のエラスムス像

日蘭友好の最初の出会いはリーフデ号の大分臼杵湾漂着であったが、死に物狂いの漂着民を救ったのはその湾に浮かぶ小さな島 黒島の住民であった。この島は今では子孫の方々の誇りと努力でで立派な観光地になっている。オランダの皇太子も日本の皇太子もお礼に見えたこともある。そしてこの船が残して今に残るものがこの船の船尾についていた木造の人物の像である。この像はなぜか栃木県の佐野市の禅宗のお寺で子供のおもちゃみたいに扱われながらも保存され20世紀になってその写真をオランダの神父が見る所となり、調査した結果それが16世紀のオランダの大神学者・人文学者のエラスムスの像であることが判明したのである。
Abship_hirowatari


Abahip_bryugel


そしてこのリーフデ号も建造時はエラスムス号と言う名前であったのである。一国との交流史が綿々と400年以上続いたのはオランダのみであるが、その国の大学者の木造が日本の手で残っていた事は大変なことである。この像は400周年記念事業でオランダに返す話もあったり、国宝になったこともあったりあやふやであるが現在、国の重要文化財として東京国立博物館に寄託されていると言うのが正しいようだ。エラスムスはロッテルダム大学の名称や、ジャカルタのオランダ文化会館の名称に使われている。
所が小生が昨年見に行った400年交流祈念事業の展覧会で買った1,500円の本には一昨日載せたリーフデ号の絵もなくエラスムスの言及もなかったので代わりに日本の広渡湖秀の1750年頃描いた船と1650年頃描いたブリューゲルの船を並べて見よう。

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