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2011年2月15日 (火)

アンペラの意味

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ブロックMにもアンペラと言うレストランが出来てアンペラと言う言葉の意味を考えた。スカルノ大統領が得意の略語のAmanat Penderitaan Rakyatはインドネシア歴史に出てくるが、無理に運ちゃんに聞いて見たら、何か広く平らな大洋とか国土の意味だと答えてくれた。イメージ的にうなずける所があって、なるほどと思ったのは頭の中にイグサで編んだ筵のアンペラがあったからだろう。広辞苑で引くと竹冠に行と竹冠に唐と言う漢字で語源は不明だがポルトガル語やマレー語だとの説もあるとのこと。ムラユと言えばパレンバンのムシ川に掛かっている橋もアンペラと呼ばれる。これは1962年にスカルノが日本からの賠償資金でたてさせたもので、日本からの技術者、職人が来てたてたものである。
Ampera


橋長: 1,117m (中央径間: 71.9m)、* 幅員: 22m、* 高さ: 11.5m (水面から)、 * 塔の高さ: 78m (橋脚基礎から)で中央部は開閉式であったが現在は機能していない。最初はこの橋の名前はBung Karnoと言う名前だったが完成した1966年は国民の反発は最高調で時の内閣にも使われたAMPERAとなったそうだ。橋の写真はyonso6 Indonesia Cultureより。 Jembatan AMPERAは住民の誇りとなっており南スマトラ州の徽章の図柄にも使われている。作った日本の当時の職人たちにとっても大変な誇りだろう。

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