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2011年3月 9日 (水)

国家印刷局 Percetakan Negara

Pulomasからの帰りAchmad Yani通りからPramuka通りの北側の併行した通りにPercatakan Negaraと言う名前の通りを通ることにしている。 ここら辺りはPramuka GolfやRawasari Country Club、BPPK(保健省)、BPOM(薬品食品管理庁)、Blog(食糧庁)から刑務所迄あり、Abdsc01824


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中でも大きな敷地を有しているのが通りの名前になっているPercetakan Negara国家印刷局(Perum Percetakan Negara Republik Indonesia :PNRI)である。
現在は官報(Berira Negara :State Gazeete)や各省の発行物を一手に印刷している機関であるが民間のも請け負った営業体としてもやっているようだ。つまりはBUMN国営企業であり、全国にくまなく12の支店(Banda Aceh, Manado, Ambon, Jayapura, Biak, Manokwari, Merauke, Kupang, Bengkulu, Palu, Surabaya, Surakarta (eks. Lokananta)を張り巡らしている。 但しなぜKalimantanがないのかわからない。 
元を辿るとオランダ時代、それも1809年まで遡るらしい。
独立当初は紙幣の印刷もやっていたが、それは現在 Peruriといういわば造幣局が受け持っている。造幣局のほうが儲かっているかもしれない。

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コメント

PeruriはクバヨランバルーのSisingamangarajaとPelatehanに挟まれた広大な敷地があります。実際の工場はどこかに移ったようですが。
また、PeruriがもっていたDarmawangsaの広大な敷地はDarmawangsa アパートとホテルになってしまいました。このホテルは格式が高くジャワの美の神髄を追求したデザインになっているとのことです。宿泊費もべらぼうに高いので、お休みの日にコーヒーでも飲みに行くと良いでしょう。

投稿: 度欲おぢさん | 2011年3月10日 (木) 00時12分

Dharmawangsaの敷地はPeruriが持っていたのですか
クバヨランのあの角地は幽霊屋敷が数件ありますね
ファラテハン側に回るとちゃんと昔の入口があり生きています。次にアップしますね。印刷局の工場はKarawangに移ったようです。

投稿: | 2011年3月10日 (木) 11時41分

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