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2011年3月13日 (日)

そうだ スラバヤに行こう

ここ数年決断力が衰えたことを感じて反省してた所、2日前に見たTV HBO映画で、これといった目的はないまま、起こる事件にも淡々とやり過ごす男の生き方に何か共鳴することがあったのか、昨日目が覚めて突然スラバヤかスマランにいきたくなり、とるのもとりあえずスカルノハッタに向かった。 スマランは12時発で3時間もあり、スラバヤ葉10時発だったのでスラバヤにした。プロモ適用で140万程度、スラバヤ着11時20分、そこのトラベルビュローで00p3110076


ジュンバタン・メラーに近いHotel Ibisにし、タクシー 12.5万、20年ぶりのスラバヤはやはり近代的都市に生まれ変わっていたが、この辺りは多くのHeritageに囲まれ、これ以上の変化から守ってほしいと思われる昔のよさが残っていた。 べチャひきの呼び込む声にびっくりすることもあるが基本は悪い奴はすくないはずだ。のんびりしている人間が多いので此処にいたら相当又南洋ボケを満喫できるのではないかと思われた。
ホテルとスラバヤ出発時にパスポートを求められ、しまったと思ったが鞄の底に古いパスポートのコピーがあり、助かった。スラバヤのPoint Of Interestは記憶とタクシー運ちゃんに恵まれ、ジュンバタン・メラー辺り、英雄記念碑回り、トウンジャンガン・プラザ辺り、州知事レジデンス、マジャパヒットホテル、サンプルナー・ハウス、アンベルモスクや教会、クレンテンなども多くめぐることができた。最初のフライトをガルダ事務所に行って2時間はやめのチケットに切り替え(料金10万)、翌日の運ちゃんの半日めぐり30万、運ちゃんとの飯代10万、エアーポートタックス、4万x2、現金は以上で80万程度で終わった。スラバヤは2日とも3時ごろからかき曇り大雨となった。飛び出せばすぐ青空だと思ったが、昨日のジャワの雲は厚く全島に雲がかかった珍しい日であったと思われる。
帰りのフライト付記するとジャカルタからのフライトが大雨のためか遅れたため1時間遅れとなった。 こんなことをしたからの天罰だったのか、日本では大地震、明け方まで1睡もできず、携帯での安否確認やTVにかじりついたスラバヤの夜であった。 本当はブログなど書くべき日ではないと思うものの。。

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