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2011年4月 2日 (土)

クバヨランの造幣廠

00perumperuri

造幣局perumPeruri の茅屋と題したブログに度欲おじさんが反応、このクバヨランの造幣廠の珍しい俯瞰写真を届けてもらった。氏が仕事で出かけるPLN本社の高層階から取った写真だそうである。
独立した直後のインドネシアのルピアのお札は例のBNI 1946が通貨発行中央銀行として設立され、このBNIの下に1952年PN Percetakan Kebayoranが紙幣印刷会社として設立され、1954年 PN Arta Yasaが硬貨制作を担当する会社として設立された。現在のPeruriはこれが統合して1971年に出来たものである。従いこのクバヨランの施設は1954年から有ることになるが、正面の高いエンパイヤー・スタイルのビルはオランダ時代のものに違いない。あの茅屋はこの写真の右側にあるが何軒あるかはわからない。

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コメント

写真のご紹介をありがとうございました。

次回は「茅屋」を狙ってきますね。

投稿: 度欲おぢさん | 2011年4月 2日 (土) 17時21分

本当に住んでないのならもったいないですね。
最近はこれがインドネシアの余裕に見えてくるから不思議です。

投稿: | 2011年4月 3日 (日) 09時19分

ここがご指摘の「茅屋」なんでしょうか?

先ほどMonasまでチャリで走ってきた帰り際に寄ってみました。

投稿: 度欲おぢさん | 2011年4月10日 (日) 18時15分

残念 写真がないですよ

投稿: | 2011年4月11日 (月) 21時27分

橙色になっている「度欲おぢさん」をクリックしてみてください。そちらに掲載してあります。

投稿: 度欲おぢさん | 2011年4月11日 (月) 23時59分

なるほど陸橋からですか
ガードマンも老年壮年の日本人がこの頃よく見かけると
不審に思われたでしょうね ご無事でよかった

投稿: | 2011年4月13日 (水) 11時29分

日曜日の朝だったので人通りもなく、見とがめられませんでした。ご心配ありがとうございました。
これからも楽しみにしていますので、このブログを末永くお続け下さい。

投稿: 度欲おぢさん | 2011年4月14日 (木) 17時55分

>正面の高いエンパイヤー・スタイルのビルはオランダ時代のものに違いない

wikiによるとKebayoran baruは1947年から開発計画をはじめ、建設は1949年からとのことです。
その前は鬱蒼たるゴム園だったと複数の年配者からきいたことがあります。
昭和16年にKapten TendeanからKebayoran Lamaに馬車で抜けた大先輩の話:サンタの教会から西側は住民もほとんどおらず、通りかかった時はすでに日没ちかくだった。ゴム林の中はさらに暗く、遠くにポツンと見えたランプは現在の警察庁の広場のあたりにあった住居だった。その先も真っ暗な林を抜けてKebayoran Lamaに出た、とのことでした。
ですから、Peruriのこの建物は1950年代以降に建てられたものでしょう。茅屋の建築様式は1960-70年代のものです。
余計なおせっかいで、失礼しました。

投稿: 度欲おぢさん | 2011年4月15日 (金) 19時36分

そうでした クバヨランバルは独立戦後に開発されたと読んだことがありました。S16 の読み物があるのですか 1941年ですね。
正面の2階建ての円柱が立つ形式はオランダ時代の建物を思い起こしますね
インドネシア人の設計家が活躍するのは1960前後からでしょう。BIとかDPRとか。。

投稿: | 2011年4月15日 (金) 22時18分

読物ではなく、会社の大先輩から直接聞いた話です。
独立直後はオランダで勉強した人たちが活躍したので、大陸的な建物が多かったんでしょうね。
Kebayoran Barの中をチャリで走っていると、自動車が住宅地を通過しにくいように道路計画がなされているのを感じます。

投稿: 度欲おぢさん | 2011年4月17日 (日) 22時31分

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