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2011年4月15日 (金)

ファラテハンとファタヒラー

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クバヨランのPERURIがある通りはPalatehan通りである。この地区の大通りは例の外人バーの多い方でこちらは未だ健在であるが、ターミナルが出来たおかげで嘗てのGolden Trulyと言うスーパーやバスウエイー側の店々は哀れ一貫の終わりである。 この辺りには昔の建物も多く、今やこれこそ茅屋で売りに出されたりしているが サッカー場もあり昼は落ち着いたいい場所で再開発を望みたいものである。奥に日本レストランの美味とかいう店もそう願っているに違いない。
このPalatehanは別名Patahillah とも言いこちらはOld コタの今のジャカルタ歴史博物館前の広場の名前になっているが、彼こそが1527年ポルトガルが応援するパジャジャランのスンダクラパを落としジャヤカルタと宣言した軍司令官である。彼はスマトラ北のパセ出身のハジで、デマグ王妹と結婚し、デマグの軍指令官となり、チレボンの王の息子ハサヌディンと共にバンテンのポルトガルーパジャジャラン軍を攻めたのである。ハサヌディンは後に初代バンテン王スナングヌン ジャティとなった。と言う話。
Palatehan, Patahillahと混同する良く似た名前ののFilateriは切手記念館の事である。

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インドネシア・ジャカルタ歴史今昔」カテゴリの記事

コメント

>サッカー場もあり昼は落ち着いたいい場所で再開発を望みたいものである。

ここは多目的広場のようで、今朝も早朝から警察庁の音楽隊が吹奏楽を演奏していました。
今朝は閲兵式のようなものがあるらしく、6:40頃から警察の職員たちが三々五々この広場に集まってきていました。
毎週金曜日の朝は大音響のアンプを使って体操をしています。
この広場の東側はJl. Sultan Hasanuddinに面しており、いまunderpassの建設中で朝から晩まで大混雑しています。

投稿: 度欲おぢさん | 2011年4月18日 (月) 22時47分

小生はトイレを借りるのに寄りました。
そういえばサッカーはやってないようでした。

あのフライオーバーはどこまで続くのですか

プラパンチャ辺りもひっくり返しているような覚えがありますが。。

投稿: | 2011年4月19日 (火) 00時19分

南環状線(JL. Simapopang)からプラパンチャをとおりBlok Mターミナルまでは高架で、そこから道路は下がり、JL. Trunojoyoはその下を潜って、JL.Pattimuraにつながるようです。道路際に国家警察本部があるので爆弾をほうり込まれないように高架にしない計画でしょうね。

いま、ちょうど掘削用にシートパイルを埋め込んでいます。

地下鉄工事のためにJL. Sisinggamangarajaの交通が制限されるので、Arteriに高架道を作っているんだそうです。でもこの高架道路は片側一車線しかないので、故障車か事故があったら大渋滞になるのは間違いありません。

投稿: 度欲おぢさん | 2011年4月19日 (火) 17時28分

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