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2011年7月 6日 (水)

今さらのチマレメ事件

1901年オランダのウイルヘルミナ女王が1901年に倫理政策を打ち出した後、1918年にはvolksrad国民参事会が開設された。時の総督ファン・リンブルフ・スティルムは自由主義者でチョクロアミノトを参事会メンバーにしたことは皆を驚かせ、更に第一次戦後の混乱の中に出した「11月宣言」は更なる将来の改革を約するものであった。しかしこの時が倫理政策の転換点で、イスラム同盟の進展に伴い起こった暴動から一転弾圧へと変わっていった。その暴動の一つがチマレメ事件である。1919年7月7日、ジャワ・ガルットのチマレメ村の税金納付拒否に端を発した暴動である。倫理政策を短期間に終わらせた要因はこれらの底辺に共産主義者の過激な動きが出てきたことが大きい。

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