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2011年8月29日 (月)

ガトット・スブロト陸軍病院とウエルトフレーデン宮殿

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先日のブログで、財務省横のKalilioの運河の話をしたが、その運河が出来たのは総督モッセルの時代(1735年)だと言うのには少し補足がいる。当時この辺りはスネン地区の開拓者であり地主であったJustinus Vinckが所有しており、この年にこの部分を購入したのが後に総督になるJacob Mosselで、かれがここWeltevreden宮殿を作ったのは1761年であった。 運河もその頃であろう。この宮殿はモッセルの死後次の総督Van der Parraが1767年に引き継いで更に繁栄を極めたが 19世紀になって1821年に宮殿は廃止された。
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そしてこの地にオランダ政府は軍の病院を立てたがそれが現在のGatot Subroto陸軍中央病院(RSPAD)の源流である。場所はJl.Abdul Rahman Saleh 24 電話(3441008、 3840702)となっているがKalilioのスネン・ラヤ道路を挟んだ反対側になる。正面は本館に続く道が長い。
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も一つ右の道を入ると本館からの出口(入口も?)やRumah Duka(弔問)や各種寮などがある。
スカルノ以下多くの将官が陸軍の力を信じて此処で亡くなった。

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