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2011年10月25日 (火)

神社のGerbang

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10月17日の江戸東京たてもの園の正面建物は、紀元2600年の式典用宮殿である。紀元2600年は丁度1940年であるので日本の紀元は紀元前660年となる。この年日本の天皇家の初代神武天皇が践祚された所が畝傍山のふもと橿原である。紀元2600年記念式典は大々的に行われこの橿原神社も宮崎神社も大改修を見て現在の形が完成している。
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宮崎神社は天孫降臨の地に若き神武天皇が住んでおられた宮があり、そこから東征に向かわれたのである。共に大政奉還後の明治以降の官弊大社となったくらいでそう古いものではない。 宮崎神社は明治6年に宮崎神社県社で明治18年官弊大社に、橿原神社は明治23年創建の官弊大社である。橿原神社の近くに多くの陵墓があり神武天皇陵もそこにある。 宮崎神社の大改修の一つに近くの八紘一宇の塔(今は平和台?)がある。それと宮崎神宮の門の写真をアップした。これは Gerbang/Gapuraシリーズである。
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明治神宮にもこの様(鳥居の奥に見える南神門)に門はあって初めて境内に行ける。神社には門はつきものであるが仏教の御寺にも必ず門はある。法隆寺の門は西門、東門、正面は南大門である。 門シリーズは続かざるを得ない。何故今頃紀元2600年といぶかる人もいるが それに答えると明日が小生の紀元2600年生まれの誕生日であることを明かさざるを得ない。不思議な気がする。

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