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2011年10月13日 (木)

Batavia百年1915 (10)  コーニングス・プレイン王立広場

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久しぶりのバタビア旅行

「Koningsplein(Gambir)は市の中心にあり、広さは約1平方キロ、ぐるっと散歩するのに1時間はかかる。バタビアに最初に来た人は皆余り魅力もない台形の広場である。あるのはいくつかの樹木で少し芝生がある。バタビア人にはこの裸の所が魅力で新鮮な風が吹き渡り乾いた空気を保証する。 ここには夕方になると金持ちの人々やウエルトフレーデンで力を持つ人々が馬に乗り或いは馬車に乗って集まってくる。コーニングスプレインは大邸宅や政府の建物に囲まれている。北にはオランダスポーツクラブと総督公邸(1ケ月1回程度で毎日はBuitenzorgに居住)、西側は博物館とドイツとロシアの大使館、南側は王立自然歴史ソサイエティ、となりはバタビア理事官の住宅がある。コーニングスプレイン南と北には国際通信会社がその裏には英国スポーツクラブがある。東側には女子用高等学校(1882年創立)及びプロテスタン教会ウイレムスケルクがある。正面にはコーニングスプレイン駅、駅の裏には1年2回レースが開催されるバタビアー・ブイテンゾルグ レースクラブがある。」

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Koningspleinの名前になったのは1819年、現在はムルデカ広場で東西南北の通りも昔のままであるが建物で現在もあるのは総督宮殿(1879)、博物館(1868)、バタビア理事官住宅(DKI市役所 1850年以降)、女子高等学校(Galeri Nasional 1882)、ウイレムスケルク(Immanuel教会1844)である。一番古いKoningspleinの写真でもImmanuel 教会の丸いドームは見える。 この広場の中にスポーツクラブやレース場があったようでレース場はモナスの1/3を占める大きなものでGambir駅のモナス側にあったのである。

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