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2011年10月20日 (木)

宇和島藩のGerbang

Gerbang・Gapuraに何か深い意味でもと思うものの門と言うのは範囲が広く余りにも各地に各様に一般的にあり過ぎる。凱旋門から天安門、大手門(桜田門・虎ノ門・半蔵門・搦め手門)、守礼門と切りはない。この間行った江戸東京たてもの園にも一つ門があった。
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宇和島藩 伊達家の江戸屋敷の表門である。横に片番所が付いている。
宇和島と言えば友人の出身地でよく友人から話を聞いたものだ。彼一人かも知れないが、夜這いの伝統があるのが記憶に鮮明である。闘牛も有名である。宇和島といって直ぐどこか思い描ける人は少ないかもしれない。 愛媛は南部で高知の左上で言わば最X端である。複雑な海岸線と多くの島々を抱え直ぐ向こうは大分である。何故ここに伊達藩がといぶかることもあるが宇和島藩の藩祖は”独眼竜政宗”で名を馳せた戦国時代の英雄・伊達政宗の庶子伊達秀宗で、大坂の陣での軍功により、宇和島藩10万を国主格で入封したものである。
地図をみれば見るほど、直ぐホイとは行けそうもない。

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