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2011年10月 8日 (土)

Hang Nadimもインドネシアへ

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Hang Tuahは又スルタン代理で各国を旅行する大使でもあった。Hang Tuahの忠実伝説はHikayat Hang Tuahに綴られている。 こういう伝説もある。ある時スルタンはHang TuahをInderaputra国に派遣しTun Teja王女を説得しスルタンの侍女とする役目を与えたが Tun TejaはHang Tuahの結婚の申し出を受け入れ二人は駆け落ちする事になってしまった。この話はTang Tuahでなく別人のHang Nadimであるとムラユの歴史は伝えている。Hang Nadimと言えばバタム空港のニックネームとなっているがHang NadimはTemasek(今のシンガポール)を太刀魚の攻撃から守った伝説の人でもある。マレーシアのHang Tuahの関連の名前でインドネシアに残る名前はまだまだある。写真はHang Tuah Xにあるプールとテニスの設備である。BulunganのGelanggang Remajaの支援設備のようだ。写真に見えるKandjengという食べ物は未だ食したことはないが何かそそるものがある。

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