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2011年12月19日 (月)

国防研Lemhanasとスダルソノ氏

大正大学の門で思い出したのはクブンシリーにある国防研(国家強靭)の門である。00kebun_seirih_041


門は大きいく開閉扉はないと思ったがやはり低いながら細い鉄柱の開閉塀があった。
この国家強靭研究所(Lemhanas)からは何故かJuwono Soedarsono氏を思い出す。彼が未だ大臣になる前にどこかのレストランで一人で食しているのを見掛けたことがあるが声を掛けるのは一寸気が引け、そのままどこのレストランだったかすら忘れたが、多分1995年頃で彼がこの研究所の副研究所だった時代かもしれない。一市民的でけれんみが無いのが印象だ。
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彼は父は遠い昔1940年代シャフリル内閣の大臣だったそうだが、国防大臣迄登り、5代の大統領に信頼されたのは、この血筋より、この性格と学識であろう。 政治に入る前はインドネシア大学の教授であったが、彼自身UI 卒である。そのあとハーグのInstitute of Social Study、バークレーのキャリホルニャ大学、ロンドンでのSchool of Economyで研究を続けNYKのコロンビア大学で教鞭をとった。5大統領とはスハルト(国防研及び環境大臣)、ハビビ(教育大臣)、ワヒッド(国防大臣)、メガワティ(英国大使)、ユドヨノ(国防大臣)である。国防大臣は最初のシビリアン・コントロールを達成した記念の大臣である。
彼のホーム頁のギャラリーには英米独仏伊豪北京泰等の訪問写真はあったが日本にはこなかったのであろうか。
氏の写真はご自分のホム頁よりこのWikipediaの写真の方がよい。

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