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2011年12月23日 (金)

愛される「スラバヤ」

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スラバヤでも書き忘れは一杯ある。英雄の都市のアイコンである竹やり(Bamboo Rancing)のモニュメントもその一つである。どの都市にもある通りの名前、パングリマ・スディルマン通りの出張った公園の端に立っている。この公園のモニュメントの反対側の東側は一寸したスペースがあるので多くの車が一寸駐車して憩っている。
このモニュメントは多分日本の本土決戦の最後の武器がインドネシアの独立戦争に受け継がれつかわれたのであろう。スラバヤはこの槍に象徴されるように1945年11月10日の英雄の日の町である。その日を謳った「スラバヤ」と言う題の唄の他に、後二つ「Surabaya」 と言う唄があったことを思い出しYou Cubeで探して見た。二つ目はKoes Pulas(Laju2~)が謳っていた。三つ目がオランダが作った「Soerabaya」 で期待もして無かったがYou CubeにはちゃんとAnneke Gronloh の歌唱で見つかったのには驚いた。ただ、Gronlohさんは余り魅力的でなくがっかり。(他にMirellaさんのもあり)歌詞もオランダ語で解らず結局皆が知っている1番目のLagu Surabayaを口ずさむ羽目になったが、慈恵など殆どの店ではこれしかないので正解である。

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