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2012年1月 5日 (木)

バタビアの黄昏散歩 

約100年前のバタビアの観光ガイドの続きである。00waterlooplein_1900

「バタビアの欧州人が散歩やドライブに行く時間がある。夕日が沈むころ少し涼しくなる5.45 から 6.15の間である。日曜日のウオータルー・プレインでは音楽会がある。ホテルを出てNoordwijkを、北に向かいダムの橋を渡り郵便局そして劇場を超えるとウオーターループレインにでる。ここはダーンデルスが建設を始め1828年に完成した政府ビルがあり、ここで蘭領インドの評議会 Raad van Nederlandsch-Indieも行われ、その壁には60人の総督の写真がはられている。この前庭にはバタビアの建設者Jan Pieterszoon の像がある。
像はHertogswegに向かって手を差し伸べそこに軍司令官の宮殿があり更にWillem’sKerkからKoningaspleinが現れる。
タマリンドの深い樹木の影がこの広い公園を取り巻いて目の前の夕日の金色の輝きに照らされながらランプの火が付くNoordwijkに戻ってくる。ここはバタビアのファッショナブルな上流社会beau-mondeで一流のレストランがありそのオープンエアーのテラスでディナー前のひと時を楽しんでいる。レストランの“Upper Ten”は特に女性が頻繁に利用して、この通りを名声のブールバードとしている。」

Lock Bridgeとあるが現在のメスジッド・イステクラルの所からパッサールバルーに流れるチリウン運河を渡る橋で、ここからポスト通りを切手博物館からジャカルタ芸術劇場を過ぎる所で右折すると現在の財務省本館とイリアンジャヤ開放の塔のあるバンテン広場に出る。そこがWaterloopleinである。
00image_departmen_financi_waterloop


政府ビルは現在の財務省本館でダーンデルスが宮殿として建設を開始したもので、完成後は宮殿とはならず政府の機関が入った。1950年にインドネシアが接収し一時国会としても使われたが主として財務省が使用している。向かって左端の元最高裁判所は現在使用されていない。
軍司令官の宮殿とあるのは現在のパンチャシラ記念館の事でそこにHertog 軍司令官が住んだ為その前の道はHertogswegと呼ばれる。 Willesm’skerkは今のエマニュエル教会である。
軍司令官の邸宅は現在のカシドラルのある所にあった時代もあるがそれはコック将軍で1828年にその土地を売り此方に移ってきたものである。Kock将軍の邸宅の後に現在のカセドラルが立てられた。パンチャシラ記念館に至るまでにクーンの像からバンテン広場の中心に立っていたライオンの像やミチール将軍の像もあったのであるから上のガイドは省略し過ぎである。

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