« モールの将来 テストケース | トップページ | 気取ったメニュー名 »

2012年1月30日 (月)

ブンカルノ大学のスカルノ像

デヴィ スカルノ回想記を読むと、ブンカルノ大学にスカルノの大きな像があると言うので行ってみた。雨に煙る日曜日であるが第3裏門があいており、そこの守衛などがおり、聞いて見たがそういうものはないと言われプロクラマシの独立宣言像を教えてくれた。回想記は書き出しが「ラッハマワティは1982年からスカルノ大学を創設しようとしていたがスハルト政府が許可を降ろさず。。。しかし1999年にジャカルタ・チキニにスカルノ大学を設立し、今年11年目になって9メートルのスカルノ大統領の立像が建立され。。。。。」、式典が行われ彼女も駆け付けたとある。この下りはスカルノの子供達の仲違いやハルティニの息子の死亡、カリナとの間が述べられている。
00dsc01853


00p1290002


多分9メートルのスカルノ立像はラッハマワティと関係なく、飛行場に行く手前に立てられたこれもハッタと手をつなぐ(実際はつないでない)二人セットの像であろう。スカルノ大学の第1正門から覗くと誰かの胸像がある。これこそスカルノだと思うものの顔立が少し違うので自信はないが他人であるはずもない。
スカルノの像は一人で立っているのは未だ見かけた事はなく、以前ブログにした路傍のスカルノ像も胸像であった。
追:佐々木教授のブログには確かにデヴィ夫人もスピーチした除幕式がブンカルノ大学であった当時の新聞記事を紹介していたので回想記は正しいが、それが後にスカルノハッタに移動したとしか思えない。今日はここまで。

|

« モールの将来 テストケース | トップページ | 気取ったメニュー名 »

インドネシア・ジャカルタ歴史今昔」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ブンカルノ大学のスカルノ像:

« モールの将来 テストケース | トップページ | 気取ったメニュー名 »