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2012年2月13日 (月)

1月のトピックスからスト/デモ

1月のジャカルタの滞在はストとデモでスケジュールが翻弄された。着いた翌週だったか最低賃金を巡る労組のデモは結局10日頃から30日まで新聞をにぎわせたことになる。
1/11 ブカシ地区最低賃金、経営者協会が無効求めての提訴に対し、金属労連が大規模デモ呼びかけ、高速道路閉鎖、各工業団地閉鎖、企業は休日出勤や午前中での早退を繰り返し、16日には経営者協会提訴取り下げたたり20日10-20%程度の代替案提示したり、結局裁判所は凍結と揺れデモは続き26日には形だけの勝訴を得たが、それは再度労使三者協議を行うと言うもので最早この段階では問題の知事の問題の決定と変わらぬ線で妥結 30日迄尾を引いた。
一時デモの集団の真ん中を通る羽目になったが。。  大統領も閣僚も今や所得倍増へ後押しする時代になった。低賃金を求めての進出は考えものである。
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1月12日には帰宅を急ぐ小生の、スマンギに至るや警察がスナヤン方向に全車両を誘導しどこまで行っても帰れる気配なくしぶしぶブロックMへ凱旋する事になったが、あれはSBY退陣訴える6千人規模のデモが国会になだれ込んだため、前の大通りが封鎖されたものであった。農民団体、労組、NGOなど77団体が、ヤシ農園開発で農園内に住む農民ら農園の自警団や警察などに虐殺されたり、暴力を振るわれたりする事件が近年頻発していることに対して抗議らしいが それ以降国会前を通るのは帰国の日で2月5日、未だ国会前はデモ農民等がテントを張り寝泊まりしていた。これも殆ど1ケ月続いているのだ。

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