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2012年2月 7日 (火)

ムストポ大学の海軍中将

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クバヨラン・コスモ前のBulungan通りを北上し Hang Lekirが終わるスナヤンシティが見える所に来ると目の前にこの大学の看板が現れる。ムストポ大学であるが省略してもUPDMとProf Dr Moestopoの名前がきっちりと表現する。歯科学部、政治・社会学部、経済、コミュニケーション学部があるが、Moestopoの専門は歯科医(Dentist)である。軍歴もある国家英雄(2007)である。1913年7月13日クデリ生まれ、スラバヤのSTOVITで歯科を学びその後もジョグジャで勉学し後に1941年STOVITで教鞭を取っている。
42年日本が上陸した時一時は逮捕されたが後に日本軍の為の歯科医者を務めるも直ぐ軍事訓練を受け義勇軍PETAの大団長司令官となっている。有名なのは1945年英軍がスラバヤに上陸したスラバヤ戦争(英雄の日)、彼はブントモと一緒に英軍マラビー准将軍に対抗し指揮した。その後も軍歴をこなし1952年にはGatot Subroto陸軍病院の部長となった大佐時代に自らの住居を歯科学校を設置、これが今の大学の発祥で、米国研修から帰国した1958年カレッジとなり大学となったのは1961年である。
1986年に亡くなったが1978年海軍副参謀長になったムストポ中将がいるが同一人なのか 富士通のVistaでは時間ばかり取られ確認できなかった。
ガトットスブロト病院は陸軍であり海軍はGeneralでなくLaksamanaを使うので別人だろう。

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