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2012年4月20日 (金)

日本にも生きていたトゥラン・ブーラン

ブログ「現代インドンネシア事情」によるとアピログ(http://www.api-magazine.com/)4月17日付「編集部発!インドネシア最新情報」で昨日の小生のブログのTerang Bulanと同じ名前のガムラン・グループ等の舞踊と音楽のライブ、癒しのバリ島イベント『ぜんまい仕掛けの空』が開催されるそうだ。
日時は4月22日
場所は東京・池袋の鈴ん小屋(りんごや)
演出・出演:櫻田素子さん率いるガムラングループTerang Bulanとバリ舞踊家『荒内琴江』、音楽家『佐野篤』による舞踊と音楽のライブ、
このグループの名前のterang Bulanに戻ると、これはインドネシア生まれなのだろうか。
インドネシア映画協会の会長であったMisbach Yusa Biran氏によるとこの歌はジャカルタ・トゥグ地区に移民したポルトガル人の子孫から生まれたクロンチョンのリズムをもつスタブル音楽の一種だそうだ。
マレー半島でも大流行したこの歌はマレーシアが独立した1957年にマレーシアの国歌となったそうで、両国の懸案の事項となってが現在は隣人マレーシア国歌を尊敬しインドネシアでは謳う事が禁止されているようだ。
原曲の歌詞は以下の通り
Terang Bulan Terang Di kali
Buaya Nimbul Disangka Mati
Jangan Percaya Mulut Lelaki
Berani Sumpah Tapi Takut Mati
この歌は一風幻想的であるが、大本はあるフランス人が19世紀に作りSeychellesセイシェール島で流行っていたのがマレーシアに上陸し、1901年エドワードVII戴冠式の際にペラ土侯国の国歌として発表されたと。オランダバージョンもあるそうだ。マレーシア国歌はこの通りの歌詞ではあるまい。
小生も若い時歌声喫茶で謳っていたが、その理由が解った。それは1954年に日本で雪村いずみ主演で同名の映画が作られこの歌がヒットしたとのこと、さすがRoekiahが日本軍兵士からクロンチョンの名花と騒がれただけあり、ブンガワンソロと同じ様に日本に持ち帰られたのである。

詳しいいきさつなど知りたい方はご一報を、度欲おじさんやLagu2 会の掲示板の松田さん、よしさんのコメントがあります。


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コメント

マレーシア国歌タイトル「Negaraku」
Negaraku
Tanah tumpahnya darahku
Rakyat hidup bersatu dan maju
Rahmat bahagia Tuhan kurniakan
Raja kita selamat bertakhta
Rahmat bahagia Tuhan kurniakan
Raja kita selamat bertakhta

インドネシア・ラヤと同じく血が騒ぐようです。

投稿: よし | 2012年4月20日 (金) 13時32分

ありがとうございます。
こちらは血が騒がないですね
やはり荘厳な意味があるのでしょうか
小生記事間違い2ケ所訂正しました

投稿: jakartan | 2012年4月22日 (日) 00時08分

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