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2012年6月13日 (水)

昭和15年のまま 和気清麻呂

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皇居東御苑は大手門から入ると平川門から出ることになる。平川門から入り大手門から出る回り方もある。平川門を出て又大手門の方にお濠を回ると直ぐちょっとした広場がありそこに銅像が立っていた。
難しい解説銅板も近くにあったが誰のものかその場では解らずネットを頼ることにした。これは何と小生の先祖の和気清麻呂であった。家の近くに門識が和気という名の家があるが、小生の先祖と言うのは母が何を根拠か知らないが幼少の頃聞かせられていただけの話である。
和気の清麻呂は天皇の地位を狙う道鏡のたくらみを砕いた天皇家の忠臣として戦前迄偶像化された臣下である。道鏡が言う神託が真実かどうか大分の宇佐八幡で祈りたくらみを見破る事に成功する。この宇佐の八幡には中学時代に一宿一飯の恩義を得たことがある。
この像はGHQも意識して残したのか、この銅板は紀元2600年の記念として昭和15年に立てられたもので有ることを銅板自ら示している。小生の生まれた年であり、又親密感に浸れた。
皇居周りの話を訪ねていたら 度欲おぢさんのサイトhttp://masanori1919.web.fc2.com/index.htm
で膨大な東京の懐かしい写真集に行き当たった。

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「東京写真」のサイトをご紹介いただきありがとうございました。

投稿: 度欲おぢさん | 2012年6月14日 (木) 23時04分

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