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2012年6月 1日 (金)

ブンカルノ大学のスカルノ像(2)

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と言う同名のブログでチキニ通り(昔はプガンサアン・チムール通り)のブンカルノ大学にスカルノ像を探しに行き、果たせず像は既にスカルノ・ハッタへの飛行場へ行く道の像になったのではと推定したが、昨日しつこく攻めた所実際ブンカルノ大学にちゃんとあったのである。スカルノハッタ飛行場への道の像も右手を高く上げているのが推定の根拠であったが左手は、こちらは本を手挟さんでいる。
この像は2010年の独立記念日にRahmawati Soekarnoの肝いりで、Blitarの彫像家が制作したもので10メートルの高さがある。その年の独立記念日に除幕式をしたことがLiputan6で報じられていたが、除幕式には政敵?Megawatiは現れなかったがSurya Paloh、Eros Djarot、Rizal Ramliなどそうそうたる顔ぶれで、青い着物のDewiさんが光っていたそうだ。
何故ここに至るまでこの像の有りかがわからなかったかは以下の困難があったからである。 
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あのチキニの道にバスストップがあり確かBunkarno大学前だったと思う。その通りにBunkarno 大学の正門があるが、その隣に雰囲気ぴったりの場所、インドネシア大学(FKUI)のMikrobiologi部門があり此方がブンカルノ大学の出口だと思っていたのである。共に中は袋小路みたいで赤い瓦屋根の小さな倉庫風学舎がいくつもあり、最初行った時はUIの方に行き、尋ねたがそんな像はないと言われたのみで隣ではないかと助言もなかったからである。写真は数年前のもの。 2回目に行った時はBunkarno大学は閉まっており、外から覗いたがブンカルノの胸像のみが見えたのでUIでの言葉もあり共に無いと結論したのである。その後Liputan6の報道写真は取っていたので、これで突き詰めて見ようと再度出掛けた所、
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Bunkarno大学の正門はチキニ通りのではなくこれをぐるっと回りデポネゴロ通りへ出てチキニ病院の手前のチリウン側に出る手前の小さなキミア通りを左折し丁度裏手ぐらいに回ると更に細い道の奥にBunkarnoのキャンパス正門があり、そしてそこにスカルノの像も立っていたのである。 写真はキャンパスから入口の道の方を写したもの。
このKimia通りは行き止まりで戻るにはサレンバのUIに行くデポネゴロ通りにもどり、サレンバのUIから更にクラマットを北上し左のラーデンサレーに道を取ると最初のチキニ通りに出てくる。まあ不便なところではあるが、キャンパスでは多くの女学生の頬笑みをみる事が出来た。

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