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2012年6月15日 (金)

父の日のスマラン駅

6月の第3日曜日は父の日らしい。5月の第2日曜日の母の日に対抗して作られたようだが今年は6月17日に当たる。 今日は何の日でこれと言った歴史も無い日が多い中この日はインドネシア歴史では8件も出来事がある。
00semarang_station
その一つがインドネシア初めての鉄道開設である。
当時のオランダの民間鉄道会社NISはスマランにあり、この写真のTambaksari駅がインドネシア最初の鉄道駅であるが、現在は倉庫などがある地帯の様だ。もう何も残ってない筈だ。
インドネシアの鉄道の初期の話は弊ブログ「スマランの駅舎」にかいたはずであるが 雑誌Globe誌にこの写真が載っていたので拝借し記事にした。
スマランの駅舎はgoogleで出ないので下に記録した。
「1864年6月17日は、Van Beele総督が東インド、ジャワでの最初の鉄道建設の鍬入れを行った日である。この鉄道は民間のオランダ領東インド鉄道会社Nederlandsch-Indische Spoorweg Maatschappij(NIS)が建設したもので、1867年スマランとタングン間でオープンした。日本では新橋―横浜間を汽笛一声発車したのは1872年である。
この路線では利益は上がらず、会社は植民政府に対しジョグジャまでの166km建設の支援を要請し、1873年に全線スマランージョグジャーソロが繋がった。建設コストは軌条の標準ゲージ1435mmに決定した為大きくなったものでその後の建設では例えばNIS社は1873年バタビアー・ブイテンゾルグ間では1,067mmを採用した。
ブイテンゾルグは現在のボゴールでボゴール駅舎は1881年建設とある。又バタビア・コタ駅はBEOS(Bataviasche Ooster Spoorweg Maatschapij)とも昔は呼称されたが、最初の建設は1870年、現在の駅舎はガイセルズ設計の1926年完成である。」
写真はPT.KAIの提供でこの建物は1941年に取り壊され再建され、現在Semarang Gudangとして有名だとしている。スマランの古い駅と言えばTawang駅のはずであるが、これに触れてないGlobeは失格である。
小生は次回の訪スマの楽しみに残しておこう。

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インドネシア・ジャカルタ歴史今昔」カテゴリの記事

コメント

タイプミスでしょうが、ジャカルタコタ駅の古い名前はBOESではなく「BeOS」でっせぇ。(^_^)

ジャカルタの古い写真はtempo doeloeで検索するといろいろと出てきます。
昔はジャカルタに路面電車もあったんですね。
楽しんでください。

投稿: 度欲おぢさん | 2012年6月17日 (日) 11時31分

オウムライトかと思い確認を怠りました
直しましたが又御指導お願いたします。

投稿: jakartan | 2012年6月17日 (日) 22時42分

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