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2012年7月11日 (水)

スラバヤの誕生 Ultah Surabaya

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弊ブロッグの「スラバヤの誕生」でスラバヤのシンボルの戦いはマジャパヒット建国のWijayaと元軍との戦いの様だと記載したがJPeopleのアップした西祥郎ライブラリーによると詳しくそのいきさつが書いてある。該当部分をそのまま借用すると
「ワニという言葉がついている有名な町がジャワにある。それはスラバヤ。スラバヤのバヤはブアヤのことらしい。ではスラは何かというとikan sura でつまり鮫を意味しており、そのためにスラバヤのシンボルマークは鮫とワニになっているとのこと。スラバヤ市当局によれば、鮫とワニの由来は歴史がからんだストーリーになっている。スラバヤは13世紀後半にクルタヌガラ王がクムルハンの乱を鎮圧したさいに造営した町だという説がある。さらに当時ウジュンガルと呼ばれたこの町に来航したモンゴルのジャワ討伐軍をラデン・ウィジャヤが詭計を用いて撃退したという歴史的事実がある。マジャパヒッ王国を興したラデン・ウィジャヤはウジュンガルの守護をジャイェングロノに委ねたがそのうちワニの術を身につけて勢力を強めたジャイェングロノに不安を感じたマジャパヒッ王国はサウンガリンにジャイェングロノを討伐するよう命じた。サウンガリンは鮫の術をマスターしており、このふたりの秘術を尽くした対決がカリマス川岸で7日7晩続けられ、ふたりとも力尽きて生命を落した。それが鮫とワニの由来であるそうだ。
 ウジュンガルという名前がいつスラバヤに変えられたのはよくわかっていない。少なくとも西暦1358年の年号を持つトロウラン碑文の中にスラバヤという言葉が登場するので、それ以前であることは間違いないようだ。」
スラバヤの市の誕生記念日は5月31日で、1293年のこの日を持って誕生としているから市としては元との戦いにしたかったからかもしれない。海から来た元が当然鮫ということになる。

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