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2012年8月16日 (木)

インドネシア独立宣言の場

今日はインドネシアの独立前言前夜の日である。スカルノ・ハッタは急進青年団にデンガスデンクロックに誘拐されたが前田精海軍武官府のスバルジョの説得でジャカルタに戻ることが出来、明日の独立宣言となるのである。
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この独立宣言の場に日本人が居たかであるが最近読んだ青沼陽一郎著の本で以下の様に出ていた。「1945年8月17日。後の初代大統領スカルノが、ジャカルタの中心、現在のムルデカ広場の独立記念塔(モナス)が立つ場所で独立宣言を読み上げたのだ。。。。この時スカルノの直ぐ脇に立って、彼の歴史的演説の肉声を直接聞いていたのが、「隼」戦闘攻撃機の整備を担当していた藤山秀雄だった。」
モナスと言えば言えばムルデカ広場のモナスしかないが、独立宣言が行われた場所は当時のスカルノが住んでいた自宅前庭である。住所はペガンサアーン・チムールNo.56である。これは著者がインドネシア残留日本兵約700名が作ったヤヤサン「福祉友の会」をインタービューしたドキュメンタリーであるが、福祉友の会の方々が認めているので宣言の場所、警護に立っていた場所を云々しなければ事実であろう。モナスでは翌月9月19日の大集会が有名である。

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