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2012年8月 3日 (金)

ストヨ将軍の自宅

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スロノ大将に続き似た名前の将軍 但しこちらは少将のMayjen. Anumerta Sutoyo Siswomiharjoであるが、彼の住所をたずねて昔近付いたが番地で確認できず、そのまま何かを待っていたが新たなニュースもある訳でなく、この辺りだと言う事でアップしておこう。Anumerta と言う通り亡くなって昇格したので准将であった。 1965年のG30S事件の犠牲となった将軍である。彼は 1922年中部ジャワ生まれ。HIS、MULOで学業を終え、日本占領時代の公務員教育、軍事コースで訓練を受けた。独立後の人民治安軍TKRに入隊、46年はガトット将軍の副官、56年頃はイギリス駐在武官、61年に陸軍法務検察官、共産党の農民第5軍計画に反対した。
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彼の名前が付いた道路名はチャワンで南のチリリタンから北に上りパンジャイタン通りにつながる線、―そこにはKodam Jaya やUKIがあるーに付けられている。ここと彼の接点はなく彼の自宅はというとタムリン道路のジャラン・ブローラの手前、皆が何でこんな亡屋が放置されているだろうと思うこの道路の先Jl. Semenep No.17-18である。

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