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2012年10月31日 (水)

もうひとつの独立宣言ラジオ放送

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インドネシアのアマチュア無線活動はラジオと同じころ1930年代に始まった。
1945年の独立宣言はグナワン(YB0BD)という名前のアマチュア無線で世界中に放送されたと先のブログ「RRIの生まれ」で書いたが、本当・本番の方は以下のとおりである。
独立宣言を終えた1945年8月17日、未だラジオは日本軍の手にあり日本降伏のニュースを知らないためいつものような同盟番組を流していた。夕刻の17:30ブカ・プアサの準備をしている時刻に、記者のSyachruddinが放送室に潜り込むことに成功しその手にはアダムマィクから手渡されていた独立宣言文が握られていた。彼は放送技師と交渉し放送タイミングを探ったが、最初国外Studioは休止していたので、モジュールを変換しタンジュンプリオクにつないで成功した。
19:00丁度に宣言文はインドネシア語でJusuf Ronodipoeroが、英語版はSupraptoにより読み上げられた。この放送は15分に渡って放送され又ラジオ・バンドンからも放送に成功した。これを知った日本軍は 20:30憲兵隊が放送局にやって来て全ての職員を逮捕した。
丁度8月17日がラマダンであったことは2011年から計算すると33年の二周り前であった。従いこの文章は正しい。
どちらが正しいかと言うと 二つともあったのだろう。

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