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2012年10月 7日 (日)

再開した東京ステーション

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ジャカルタから戻ってきた10月1日 月曜に待望の東京ステーションが再建オープンした。その金曜思い立ち出掛けて見た。久しぶりの東京は地下鉄東西線日本橋から地上に出たのは良いが相当無駄足を踏んでやっとたどり着いたがそこはカメラを持った人々で一杯だが、外は行幸通り等も出来てゆったりだ。
ステーションホテルも開放されていたがレストランもカフェもウエイティングでごった返している。2階に上がる階段が見当たらず2階は見なかったがここだけなら憩う所は無い。
他の目的もあり八重洲側に向かったが向かう道は昔通り北口だけである。
何せ東京駅は20ホームを抱え、駅舎の長さ300M、9,000M2の面積だから中々掴みきれない。再度家族でゆっくり見物する事にした。この駅舎は東京駅が出来た1914年に新築した辰野金吾、葛西萬司の設計の洋風鉄筋レンガ作りで、空襲で殆ど焼失したが当初の3階建てを2階建てに応急復旧していたもの60年も持たせ今回当初の3階建てのドーム付きに再建した重要文化財なのだ。 空中権を創造しそれを売却して資金をねん出したことも有名な話だ。 帰りも又東西線日本橋に向かったが道が解らず、丁度そちらに向かう女性に尋ねたが自分の行き先も知らないとつっけんどんに言うし、工事現場の守衛も知らないという。知らないと言ったその面前で知らないことに驚いてエーッ知らない?と思わず笑ってしまった。後で殴られずに済んだことにホットしたがみんな冷たい人が多くなったと思ったことだった。

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