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2012年10月18日 (木)

台湾総督府等台北のゆかりの古績

RRIの誕生は9月であったが10月は小生の誕生月だ。誕生月にちなんで父の思い出の都市、台北の建物をいくつか紹介しよう。
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日本領有時代1891から1945年 54年間の統治、S16年当時の日本人の居住は36万人、日本軍への台湾出身兵士は20万人に上るの間柄、現在の台北に残っている日本時代の建物は多いし現在も使われている。
台湾総督府も米軍の爆撃であの長い塔も破壊されたが戦後修復し現在も総督府として使用されている。レンガと石を多用した5階建て ルネサンス風デザインでクイーン・アン様式の建物で1919年創建。父の台北帝大も専売公社もきれいなデザインをそのまま残している。
多分朝鮮総督よりは善政も伝えられており、例えば児玉源太郎総督・後藤新平民政長官の時代は土地改革を行いつつ、電気水道・交通施設情報施設などを整備、アヘンの撲滅、製糖業などの産業を育成を行ったという。その児玉・後藤記念館は国立博物館として使われている。
発電・均等教育等に力を入れた明石元二郎総督は在任中に死去、遺言により台北に埋葬され、その鳥居は今も残されている。広大な台北公園にある台湾放送局は228記念館となっているが、これは日本軍とは関係ないが1947年2月28日の国民軍による台湾人2万千人の虐殺事件を思い出させる記念館である。
全部まわろうとすると1週間くらいかかるのではないだろうか。
出張では故宮に行くのが精いっぱいであった。

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コメント

とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。

投稿: 職務経歴書の例文 | 2012年11月24日 (土) 00時33分

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