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2012年12月28日 (金)

ここにもG30S犠牲将軍邸

Wifi設備が付いたスロパティ公園だが駐車する場所がない。周りは米国大使公邸(公使公邸もあったか)やDKI知事公邸などに囲まれている上警察常駐詰所もある。
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少し遠いが昔のメンテン・サッカー場(メンテン・スポーツ公園)横の4階だての駐車場ビルが安全だろう。そこからチョクロアミノト通りに出てオバマ少年像が引っ越したオバマ大統領ゆかりの小学校がある、Jl.Besukiを抜けるとスロパティ公園である。このJl.Besukiには他に9月30日事件で倒れたスプラプト将軍の自宅がある。あれから47年になるので自宅が有ると言うより住んでいた場所がここだと言う方が適切であろう。ここと言うのはこれもあやふやでこの200メートル程度の道の左側である。 番地は19番地なので解る筈であるが表示がないのと、もう何代かに渡っているので確定は出来ないようだ。17番地の横当たりは空き地となっているのでそのあたりだろうが、市はこれを文化遺産としているのであろうか。彼の名前を冠した道路もあるがスネンからチェンパカ・プティに向かう道で何の関係もない。 彼は1920年生まれのジャワ人でオランダ士官アカデミーを卒業したが独立後TKRに参じイギリス軍と戦った。ゲシュタプで犠牲となった将軍(4将軍)の一人で陸軍大臣の第II副大臣であった。 S.Parman将軍と同じくルバン・ブアヤに拉致され殺害された。
写真は建築直後の駐車場オバマ少年像のある小学校(門の隙間から像が見える)とJl.Besukiの別の風格ある住宅

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