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2012年12月11日 (火)

無念のエスパルマン将軍の住宅

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この塀の特徴を見て、これはS. Parman将軍の家であったことを見抜いた人があったが、誰だったか、どこだったかトンと思い出せない。
S. Parman将軍は「高速道路名の英雄事跡」でブログしたが、この人が事件当日まで住んでいた所はJl Serang No.34と出ていたので探しまわったがこの通りの名前はその後変更されSyamsu rizal No.32となっている。この道はあのスロパティ公園のジャカルタ州知事の官邸の所からLembang公園方向に向かう道である。
9月30日事件で共産党に拉致された彼はハリム空港の奥のLubang Buaya鰐の穴で一番残酷な殺され方をしたのではないだろうか。今はPancasila Saktiとして記念公園となっているが、やはり目をそむけたくなる。
現在の家は海軍の少将A.H氏が所有しているが、彼は1992年、S.Parman氏の子息のLetjen. Suyonoより購入したそうだ。そうして市の許可を取って旧宅を壊し現在の新しい住宅を建築したそうである。その後DKI市のサイトで
この地には1930年ごろオランダが建てた住宅があり、それを軍が接収した後、Parman氏が住んでいたとして市の保護建物Bクラスに認定されていることを知ったそうだが、後の祭りである。

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