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2013年1月11日 (金)

Mayor Jantjeの話

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タナア・バンのオランダ墓地公園に埋葬されているオランダ時代の富裕武器商人Jonathan MichielszからKlap Nunggaiの遺産を受けとったAugustjin Michiels(1769-1833).であるが彼はTitus Michielszという黒いポルトガル人の孫でもある。彼らは宗教をカトリックからオランダの新教に改宗する事の見返りに奴隷の身から自由な身に開放され、名前も変更出来た者である。MichielszはこのMardijkerの身分の一部族の名前であるがAugusstjinの時代に最後のzを捨てたもので、彼は又MayorとなりMayor Jantjeと呼ばれても居る。彼はオランダの「De Zwaluwen van Klapanoenggal」と言う小説にもなったがCiteureup一帯に最大と言われる土地を保有していた。
Jantje


彼のバタビアの住居はMardijkerたちが多く棲んでいたSemper Idem地区(ポルトガル教会Sionのある今のパンゲランジャヤカルタであるが、彼はむしろCiteureupの白い宮殿に住んでいたと言う。
Lambang_michiels


彼の紋章は盾状の上の方に繁った気が有り、根元が巣なのか、その下に小枝をくわえたツバメとサンゴをあしらっている。この紋章は先日のJonathan Michielsの墓と言うか一族のNisanの蓋に描かれている。公園の奥の左手にあったが水浸しで良く見えないが、整理番号の様な番号NO.13 もこの墓に刻まれていた。

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