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2013年2月12日 (火)

4人組で気を吐く林文鏡

サリム・グループを創設したLiem Sioe Liongをリーダーとする4人のギャング(G-4)の内このDjuhar Sutantoを除いて皆相次いで逝ってしまった。
Djuhar Sutantoには二つの顔がある。一つはLiemと共に創っていったサリム帝国であり、後一つは分担した中国における習近平国家主席にささげた開発の功績である。
彼は1981年よりSalim Groupの在Hongkong投資企業、First Pacificに参加、そこから出身地福建省福清のコンスで中国における開発モデルを確立した。中国名は林文鏡(Liem Oen Kian或いは Lin Wen Chiangである。) 当時現中国国家主席習近平が福建省トップにいたが彼は民間企業との協力を経て経済開発を進めて来たが特に林文鏡と知り合い中国初の経済開発区を建設し台湾のTPVテクノロジー(宣建生会長)等を誘致し出世の糸口とした。TPVもDjuharが共同経営者であり、今民間企業の活力を重視する国家主席との親密な関係でさらなる発展が約されている如しであるが84歳と高齢である。
1927年、リムスーリオンと同じ福清生まれ、Liemと同じく中部ジャワのKudusにやってきて、雑貨の扱いから海軍へ出入りするようになりFour SeasやFive Starsで軍物資の納入に携わった。このころLiemとDjuharはIbrahim Risjad とも知り合い Tiga Serangkaiと言われた。後Sudwikatomonoが加わったが、スハルトの助言で共同経営のPT Waringin Kencanaを設立、1969年Bogasari 独占輸入を与えられる小麦粉製粉会社を操業、1975年Indocemenを設立大きな集金マシンとなった。今WebをみるとDjuharは以下のように多くの企業の役員を兼ねている。
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First Pacific Company Limited
Development Limited
PT Bogasari Flour Mills
Pacific Industries
PT.Kartika Chandra
これらは彼の経歴の中の一コマであり、現在は息子Tedy Djuharに移動しているのかも知れない。一つ一つ当たらねばならないが、少し気が重い。そこに行く前に全員がそろう2008年の富豪ランキングを記しておこう。
Sudono 93歳 第4位 $3,040mil
Sudwikatomono 73歳 第51位 $300mil.
Djuhar 79歳 53位 $288mil.
Risy7ad 74歳 90位 &142mil

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