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2013年3月21日 (木)

“東の女王”にあやかる観光政策

又ジョコウイが玉手箱をふった。
Channelnewsasiaによると、16世紀のバタビアの栄光を今一度と15百万ドルの予算措置を付けたそうだ。この1世紀の間でJakarta Old Townはにぎやかな植民地センターから多くの建物が打ち捨てられた都市の廃墟となってしまった。この理由は土地の所有権の確定が出来ないため手を付けようとも、行政手続きが煩雑不明であることの様だ。この一帯Kota Tua は1.3平方キロで北区と西区にあるが行政のレッドテープがはびこっている。この手続きを1ケ所で終了させるだけで問題の大半は片付く
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この中心たるファタヒラー或いは運河沿いに来るまでの交通網も問題であるが Heritage愛好団体は歩道を整備し、バイシクル・レーンや運河のWater Wayの設置を望んでいる。

この報道では“東の女王“は16世紀とあるがオランダは16世紀の末1596年に初めて現れたのでこれはおかしい。オランダのHeritage は使用させてもらうが 言葉はHinduのRatu Watanを指しているのであろうか 
この間行った時 色とりどりにペイントされたサイクリング車に同色の麦わら帽子をセットしてレンタルをやっていた。多くの中国人女性が利用していたが、最近のインドネシア青年は起業に目覚めているなぁと感心した。

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