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2013年4月12日 (金)

ストヨ将軍の自宅

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と言う題のブログは探して見たら2012年の8月にあった。タムリンからスディルマンを通る時いつも気になってついこの間も行ってきたが確かにこの写真の家が、G30Sの犠牲となったストヨ将軍の自宅である。通りの名前はSemenapで番地はNo.17-18 である。

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タムリンからこの道に入る入口あたりの家はドイツ大使館のすぐそばにも関わらず崩落寸前のまま、もう数年かOne Decade過ぎている。昔はナッサウ大通りや都みやこ大通りと言われた通りの直ぐ裏手に当たるので1等地と言えばそうかもしれない少し外れだったのかもしれない。それよりも崩壊の理由は家の所有権の問題であろう。
ストヨ将軍の家は生垣も青々としており、どなたかが今も住んでおられるようだが所在を確かめるにとどめた。

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