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2013年5月14日 (火)

ワヤン博物館を巡る歴史

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ワヤン博物館の経っている所は当初オランダ時代 Oude Hollandsche Kerk(Gereja Lama Belanda あるいはSaliibkerk十字教会)と言われた教会(1640年建築)で1732年に建て替えが行われDe Nieuwe Hollandsche Kerk新オランダ教会となったが1808年の地震で倒壊、1912年に再建された後は5大商社と言われたGeo Wehry&Coに売却された時代もあったが、又オランダ政府が購入したあとインドネシア政府が接収、ワヤン博物館になったのは1975年である。
新Gerejaも古Gerejaもきれいな絵だけはよく見る。写真は旧のほうで712De-Kruis Kerkから借用した。

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新Gerejaにあったお墓は現在のプラサスティ墓地公園に移されたが4代目の総督クーンは現在もワヤンに眠っている。クーンが死亡したのはスルタン・アグンとの戦い(1628~29年)の中であり、時期が合わないのはその間現在の歴史博物館にあり移された経緯がある。墓には1634年とあるがこれはこのお墓が移された年のことである。Geo Wehryはここを倉庫として使ったようで本社はファタヒラーの北 Jl.Kunirに大きな建物を現在も残している。
博物館になったのはアリ・サディキンの肝いりで氏は市長10年の間に多くの博物館をオープンしている。ここだけでもワヤン博物館の他、歴史博物館、絵画セラミック博物館、海洋博物館がある。

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