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2013年5月24日 (金)

コーヒー伝来とバタヴィア総督の墓

ワヤン博物館のクーン総督のお墓で思い出したのが 近くのSion ポルトガル教会にもあるズワールデクローン総督の墓である。
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此方の総督は18世紀初めの総督でオランダの栄光が徐々に薄れて行く時代で本国との貿易の利益が薄れていく中この総督の功績は新しい貿易の種としてコーヒーの栽培に成功した事である。コーヒーはアラビア半島のモカからヨーロッパにもたらされ高級嗜好品でもてはやされていたのであるがトルコの妨害によりそのルートが断たれたことから他所での栽培の動きとなりその一つがインドであった。 これをジャワにも移植せんとしたのはズワールデクローン総督の2代前のヴィレム・ヴァン・オウフホールン総督で1696年であったが最初は失敗したものの、1699年ズワールデクローン総督は同じくインド西南海岸マラパールより植樹し成功にこぎつけたものである。
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お墓はシオン教会聖堂の入り口の前庭に置かれているが、新しく制作したのであろうか彫りがはっきりしている。Henricus Zwaardecroon 総督はロッテルダムに1667年生まれでBataviaで1728年に亡くなったとある。 総督であった時代は1718年から1725年で1722年のピーテル・エルベルフェルトの陰謀事件の時でもある。
1699年は未だOuthoorn総督の時代であるので彼はその下のスタッフ時代なのであろう。

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コメント

「ファティマ第三の預言とノアの大洪水について」の書き込みはこのブログとはまったく無関係だ。迷惑至極な書き込みである。

投稿: 度欲おぢさん | 2013年5月26日 (日) 22時44分

度欲さん

有難うございます。
直ぐ通報して削除追放致します。

どうしてこのような輩がいるのでしょうかね

投稿: | 2013年5月27日 (月) 11時29分

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