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2013年6月の投稿

2013年6月28日 (金)

Coca-suki Cazasuki

ジャカルタ新聞に珍しいCoca Sukiの広告が載った。昔からBRI センターパークにあったタイスキの店(571-3687)である。
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Kebon Jurukにもあると出ていたので、これをKebon Sirihと読み間違え、そう言えばそこにもあった店がこの間通った時に閉店しているのにと思ってアルバムを探すとそこは名まえも似ているが別のCaza-Sukiであった。
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つぶれたのではもったいないと思って探して見るとJktlifeのメンバーに名前があり、場所はクバヨランのMahakam通りであるので又行ける。此方は韓国的焼肉と日本的しゃぶしゃぶだと言う。Coca Sukiのタイ風よせ鍋は20種類ほどの素材から自分で選んで鍋にするもので昔からジャカルタ名物(タイにはあるが日本にはない)であった。 1957年創業とでていた。

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2013年6月27日 (木)

オランダ世俗建築の影響

司馬遼太郎の「オランダ紀行」にアムステルダムの運河沿いに見せるあの独特の世俗建築の模様が描かれている。要点いわく、「いずれも4-5階建てで、羊羹を2cm幅で切ったのを縦に並べた様で、屋根のこう配が急なのは気候と関係があるのだろうか。破風が面白い。 切り妻造り屋根が縦に切り落とされた様になっておりその合掌形の断面を家々の正面として見せている。その合掌形の面に取り付けられた合掌形の板が破風である。家々はそこに特色を持たせその破風の凡庸でなさを誇っている。」
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上記の羊羹はかまぼこの方がいいかもしれないが曲線でなく三角形であってほしい。この建築様式は何故かバタヴィアでは数が少なく思い出すのはワヤン博物館である。
ここに出てくる建築用語を並べると正面:ファサード、破風:ゲーブル、切り妻屋根:ゲーブル・ルーフ、ゲーブルは渦巻形の曲線をもったものや,円弧の一部を反転させながら組み合わせるタイプのもの、また破風を階段状に作る〈いらか段crowstep,corbiestep〉と呼ばれるタイプもあり、
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これらを特色付ける言葉としてダッチ・ゲーブルと呼ばれるようだ。それを一つに集めた様なユトレヒトの「リートフェルト=シュロダー邸」の写真を、オランダ政府観光局の頁から借用した。

日本の東北地方でも、この急勾配のゲーブル建物なら雪掻きも要らないだろうなとよぎったが、縦に並べると雪は下におちれない。落ちてもスペースが足りないかもしれない。

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2013年6月26日 (水)

インドネシアの競馬場

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先週の日曜日にPulomasで又競馬が行われていた。その日は朝9時から夕方4時半まで14レースが有ったがゲートに入るのは8頭前後(最大12頭か)であるので1日の出走馬は120頭位になる。
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やっていたのは4才馬で2,000メートル、トラックを1周+直線コースである。推定すると円周部分が500メートル、直線部分が500メートル(500+250)x2+500という感じである。
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つまり1周は1,500メートル強あり国際スタンダードと言えるのではないか。ジャカルタ市では市営建設会社Propertindo(或いはその子会社のPulomas Jaya)を使って更に国際級に環境整備中である。
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ただしそのコンセプトは地域の整備でWelcome to New Lifestyle であるのでトラックのなかのゴルフ場を潰すことはない。
インドネシアにはここだけでなく各州結構な数の競馬場がある。(ジョクジャ、スマラン、ブキティンギ、クブメン、NTB、サラティガ、ブリタール。。)そして年間30件弱のレースが行われる。賭博は禁止の国なので馬券は無く優勝馬に賞金がでる。10百万から億単位まであるようで、中に国警がスポンサーになったりする。入場料はRp7,500 程度なので次回は中に入って見よう。次回あるのは7月7日のインドネシア チャンピオン・カップである。

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2013年6月25日 (火)

シオン教会に眠る総督

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Kota TuaのSion教会に眠る総督の話の続きで、1728年に亡くなったZwaardecroon (ズワールデクローン)総督の他にCarel Reyniersz(カレル・ライニールス)総督(b. 1604 - d. 1653)がいるが、此方はお墓と言うより総督を記念したStone Tabletのようである。写真のように左半分が総督で奥方が右であるものの、総督は1653年にバタヴィアで任期途中で亡くなったが、奥方は当時この地に居たのか疑問であり当然同じ日に亡くなった訳でないので一つの石面に彫られたこのTabletはお墓である筈はなく後でつくられた記念碑であろうか。Heiken氏の説明では、総督はこの教会の土地を寄付したそうで、又総督が無くなった時教会は出来ていなかったのでそこにほおむる事は出来なかった、実際この石碑は1922年にスラバヤから持ってこられたそうである。他の資料では総督はHollandsche Kerkにほおむったとされ、シオン教会が出来たのは死後の1695年であるけれどもこの教会を作るアイデアもこの総督のものであったと書かれている。
この総督は1636年にコロマンデル海岸地方の総督になっているが禁止された商売の私物化の為罷免されているが、バタヴィアでも同じ運命であった所自ら辞職の意向を漏らしたため罷免状は送られずその後で彼は死亡したと言う。Sion 教会の裏の土地はZwaardecroon総督も寄付したとHeuken氏は書いているので二人とも寄付したのであろう。

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2013年6月24日 (月)

ジャカルタ 486 次はスペクタクルショー

丁度土曜からジャカルタ誕生記念月間が始まった。 486年前のこの日、デマグの王子ファタフィァーが迫りくるポルトガルを駆逐してジャヤカルタとした日である。

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22日、市内を通った時、市役所前にはオープニングの式典ステージを敷設中であった。貴賓席用白い椅子が何百と並んでいた。

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この様なステージPanggung はモナスからHIまでの間に数台設けられており、夜はここで演じられたバンドと踊りで街中が唸っていた。

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月間と書いたが月間で行われているのは少し日時が違うがPRJで行われているジャカルタフェアーである。これは6月2日から7月3日まで行われる博覧会である。Jakarta GreatSaleも6月1日から始まって7月14日前、モールなどで割引セールをやっている。その他に国際マラソンやJakarnaval(カーニバル)も用意されている。今週末はモナスで行われるスペクタクルダンスショーもある。 Beritajakartaのホームペイジには2011年484年の催し物スケジュールが出ていたが、参考にしてくれと言うのであろうか

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2013年6月22日 (土)

メガの娘 Maharani

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先に亡くなったタウフイック閣下とメガ元大統領との一粒種はプアン・マハラニ王女である。この人の名前Puan Maharani自体が女帝の娘と言う名前である。Puanはperempuanのpuan(女性)であり、MaharaniはMaharajaの妻(皇后或いは女王)と言う意味なのである。
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この9月で丁度アラフォーになる所(1979年生まれ)であるが彼女はいわば幼い時から母親の政治活動に付いて廻ったので政治には明るいかもしれない。母親の政党に所属し国会議員になったのは2009年からである。インドネシア大学を卒業し早くからスカルノイズムの継承する政治活動をおこなってきた。
Taufiq Kiemas氏が亡くなったのはこの8日であり、国民協議会議長としての後継者は未だ決ってないようだがその掛け声も高い。今の副MPR議長は同じPDIP党のSecretary, Pramono Anung氏であるが、彼は、”なるならDPR議長だ” と誇示しているのやら欲望丸出しなのかはしらないが、或いはPuan女史の道を作っているのかも知れない。彼がなるなら小生に取って前代未聞の見知らぬ人である。
Puan女史の映像を探したがこのDetik.comの写真はおしんの母親に似てるような気がする。

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2013年6月20日 (木)

Unikaで憩う

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会社の傍にある」大学がアトマジャヤ大学(Unika Atma Jaya)なることは知っていたが、経理が出来る娘は居ないかなと思いつつ、余りかわいい子は居ないようだったので今日まで中に入ったことは無かった。ここはカトリック系の大学でインドネシアでは一番古い私立大学である。古いと言っても1960年に最初経済学部を創設したものでその後拡大し8学部になっている。キャンパスはおなじみのスマンギの他にプルイットにもありPluitの方は病院とミュージアムがある。最近ブミセルポンにもキャンパスを建設した。
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図書館は4つ保有しいずれも一般に開放されている。と言う訳で学内への出はいりは自由であった。写真は創立者の一人経済学者で閣僚も務めたFrans Seda氏の名前を冠した中庭に建つ聖人像。

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2013年6月19日 (水)

雪景色のジャカルタへ

梅雨入り後の最後の真夏日の昨日、ジャカルタに向かった。 今回はラマダン入りの直前にジャカルタ脱出するので丁度21日間、3週間である、荷物も身軽にして、今後も3週間ごとの往復に変更しようと考えたりしている。そのような変更を考えると今まで惰性で不変のものが変わることはその後どうなるのか、いつまでもこのような状態を続けるのを自然と忌諱していくのではないかと不安もよぎる。
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今回の機種は前回より小型のA330-300で187人のキャパであるが、搭乗者数を聞くと、14人+150人だというので相当な比率であると感心したが、数時間後パーサーが通り過ぎたので同じ質問をしたところ1stが6人エクゼクティブが7人、エコノミーが170人と聞いたが、このすき方ではその筈はないと反論したものの、後で考えると170人ではなく117人の間違いだと気づいた。インドネシア語だと間違う筈がないが英語は駄目だ。ビデオも日本語吹き替えは無く、日本映画は小粒で面白くなく且つここ数ケ月同じものしかないので、寝るしかない。 起きて程なく着陸態勢に入っているので驚いたが、眠気まなこに飛び込んだチリンチン地方は「蔵」に出てくる越前は野津を思いおこす様な雪景色。よく見るとそれは直前の大雨による洪水と海の浸食であった。ところどころにぽっつり立つ家屋が一昔前のインドネシア風景を思い出させたが、それも良かったのにと懐かしい。
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プラムガリは近付くと又手が震えて良い写真は取れない。

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2013年6月17日 (月)

ドイツ映画で英語の勉強

今週週末からドイツ映画フェスティバルが始まる。 
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場所はゲーテ・インスティテュートで20日から29日までである。下題は以下の通りであるがこれはジャカルタだけでなくインドネシア全国9都市でおこなわれるもので、ジャカルタは20日から23日まで、グランドインドネシアのBitzmegaplexで行われる。www.goethe.de/germancinemaで見ても詳細時間割は未だ決ってないようである。
• Dreileben
• Barbara
• Halt auf freier Strecke
• Der ganz große Traum
• Die Farbe des Ozeans
• Sound of Heimat
• Mahler auf der Couch
• This Ain't California
• Wintertochter
• Der Verdingbub
• Vergiss mein nicht
• Die Brücke am Ibar
• 5 Jahre Leben

字幕はインドネシア語かと思ったが英語であった。
小生はGoethe Institute、Boppardでドイツ語を学びSehr gutで卒業したのでひょっとするとと思われる。メンテンのSam Ratulangi通りのGeothe Instituteでもドイツ語講習をやっている。平日或いは夕方、或いは土曜だけ、或いは日曜だけと選択が豊富で45分単位の60時間でRp1,800,000から学ぶことが出来る。
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ここの図書館は毎日開いており、日曜日も11時から15時まで開いておりここの中庭にはインドネシア若者が沢山談笑していた。
インドネシア人が親近感を持つ国でドイツは日本82%、英国65%に次ぐ第3位の60%である。
ともあれ、やっぱり日本人に生まれてよかった。


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2013年6月16日 (日)

タウフイック・キマス氏の生涯

先週末、メガワティ女史のご主人のTaufiq Kiemas氏が70歳の生命を終えた。余りなじみは無かったが、最後はMPR議長を務めていた。2014年の大統領選挙ではメガワティ女史の再出馬も取りざたされていた中、その打撃は大きいだろう。最も亡くなったのは心臓疾患であり、あの肥り方は尋常ではなく実際その前より生命危険は高かった。最後はやはりシンガポールの病院で6月8日であった。彼は南スマトラ出身、スリウィジャヤ大学を卒業しているが長く学生運動を指導しそれがバックであった。1992年にはPDIに所属し議員となっている。彼がメガワティと結婚したのは1973年であり、以降共に闘ってきたのであろうか
1999年のメガワテイが副大統領になる時代には彼はPDIPの幹部であった。メガとの間には一人娘Puan Maharani女史がいる。一つ二つのサイトを読んで解るのは以上の事だけであった。


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2013年6月15日 (土)

オブリビオン 記憶喪失

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先週トムクルーズの映画を見て来た。新聞の広告で思い立ち行ったもので上映中うっかり眠ったりしたものだから全くストーリー不明であった。家の者に説明しようとしたが題名すら覚えてない。やっと写真に撮っていた事を思い出し「オブリビオン」なる題名を知った。
そう言えば映画館に入った時大きなポスターでも写真に撮ろうとしたが、もう上映の日を迎えるとそれらは取り払われ、かろうじて今日の番組一覧にある程度だ。係の女の子に教えてもらい接写撮影したが反射が避けられなかった代物だ。この映画はSF映画でからくりだら00dsc_1376


けで、展開に追いついて行けない。壮大或いは壮絶、美しい宇宙空間などの映像とスターウオー的アクションを楽しむだけでサイトにあった、「1年で365本ひたすら映画を観まくる日記」http://d.hatena.ne.jp/type-r/20130609のネタバラを読んでもストーリーを納得させる記憶は無かった。
映画料金シニアで1,000円なので2回ほど見ることだ。周り5メートルは誰も居ない映画館では、のんびりするのにぴったりである。

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2013年6月14日 (金)

一方貿易面では

4月の貿易収支が発表された。輸出146億、 輸入163億の貿易収支 赤字16億で
ある。内Migasの 収支が赤字の12億、これは過去にも昨年10月に出た赤字と同規模ではあるが、2012年貿易収支面で行き詰まりを見せた2012年からの悪化の加速と言える。
無茶ではあるがこれを年換算し過去の年次推移と比較すれば大きな動きが掴み取れる。
収支面から言えば2006年2007年が絶好調であった。この後リーマンショックで後退のあと、急角度で回復、2011年にはほぼ取り戻し輸出額も年間2,000億台に乗せたが2012年はこれが禿げて行き現在の状態になっている。
これを月次で見ると輸出が月100億代に載せたのが2007年10月、この月の収支も40億の記録的黒字を達成し、更にリーマンショックを乗り越え最大輸出額186億を越えたのは2011年11月で収支も35億ドルであった。輸入が100億に乗せたのは2008年3月で輸出100億に遅れる事、ほんの5ケ月に迫っていたのである。その後貿易赤字となったのは2012年4月から見られるようになっていた。
ミガスの赤字は、早くも2007年9月に見られ、その後ゼロ乃至赤字で推移、そしてこのところの大きな赤字を記録したと言う訳である。

EXP Imp EXP-IMP Migas net
2007 1139 744 395 2

2008 1370 1291 78 -14

2009 1165 968 197 0.3

2010 1578 1356 221 6

2011 2036 1773 261 7

2012 1900 1916 -16 -56

2013 1752 1956 -192 -144

この現象はアジアの各国でも同じでさしずめ1997/8年のアジア金融危機前夜の如しであるがさてどう言うかじ取りを行うのか

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2013年6月13日 (木)

5月のインドネシア:日本なら1年分の投資環境トッピックス

嬉しい話・悲しい話、日本企業大規模事業・米国・中国大規模事業共に目白押し、イスラム過激派暗躍・テロ、汚職・贈賄、ルピア安・株高、製鉄等重工業と金融・サービス事業の展開など。。全部記すしかない。
5/1  メーデー。各地のデモは平穏。来年からメーデーを祝日にする方針(4/29)。
5/1  パプアのインドネシア統合記念日:独立派と武装集団・治安部隊騒動2名死亡
5/1  インドネシア人ムスリムの10人に7人はシャリア法の適用希望:米Pew Research。
5/2  MRT第1期落札者発表:大林組・清水建設・三井住友建設
5/3  グヌン・ガハピ・サクティ、中国と共同でメダンで製鉄計画、総投資額2億ドル。
5/6  イオン、シナールマスとデルタマスにイオン・モール建設へ
5/7  JCB、国営BNI銀とクレジットカード発行業務提携。
5/8  首都やバンドン、中ジャワなどで過激派一斉摘発、7人射殺、13人逮 捕。
5/8  三井住友銀、BTBN銀株40%を段階的に取得へ、15億ドル。
5/8  森永製菓、地元キノと「ハイチュウ」などの製造販売へ、資本金約14億円。
5/8  丸紅、バニュワンギ(東ジャワ)でうなぎ養殖へ。
5/8  1回の口座振替上限1億ルピアから5億ルピアに引き上げ、5月末より
5/9  日本政策金融公庫、国営BNI銀と提携し、日系中小企業ルピア建てStanby Credit
5/10  GM、ブカシで生産再開、MPV「シボレー・スピン」の年産4万台、1.5億ドル投資。
5/10  サンケン、チュルッグ3haの用地に冷蔵庫工場建設計画、投資5千億ルピア。
5/10  アルコール販売のセブンイレブンなどイスラム強硬派に襲撃される騒ぎ
5/14  フリーポート、パプアの鉱山で落盤事故、28人が死亡する近年最悪の事態に。
5/15  パナソニック、LED電球の国内販売開始
5/15  サムスン、スマートTV「F8000」発売、声や手の動きで操作、価格5千万ルピアから。
5/15  コカ・コーラ、向こう3-4年で最大5億ドル投資計画、生産・ 冷蔵設備増強へ。
5/14  タンジュンぺラック港と建設中テルックラモン港をモノレールで連結計画
5/16  牛肉輸入めぐる汚職疑惑:農相に秘密のミーティング参加容疑が浮上。
5/17  4月時点のイ政府債務残高2,023.72兆ルピア、昨年末より2.5% 増:財務省。
5/17  アストラ・ホンダ、インド大成工業団地で第4工場着工
5/18  e-切符と累進鉄道運賃、首都圏で6/1から。
5/20  イ総合株価指数が5,200ポイント突破
5/20  アサヒマス・ケミカル、チレゴン工場増強、投資6,400万ドル、苛性ソーダ
5/20  たばこのポイ捨てに罰金5千万ルピア!?:首都で廃棄物処理法成立
5/21  Foxconn Technologyグループ、今年下期にイに工場建設計画、アグン・スダユと
5/21 クウェート・ペトロリアムとサウディ・アラムコ製油所投資見合わせか
5/27 ルピア安、9,800ルピア台に。
5/28 INPEX、ティモール海マセラ鉱区権益5%追加して65%に。
5/28 中国電力投資集団、北カリマンタン水力発電事業(700MW)に170億ドル投資へ
5/29 伊藤忠丸紅鉄鋼、クラカタウ・スチール、タタ・スチールと合弁合意、資本金$2.2M
5/29 売上3億ルピア超48億ルピアまでは法人税率1%、:財務省合意と中小企業省。
5/30 パプアで県知事が刺殺される騒ぎ、現地では武力衝突が発生し、4人死亡
5/31 MNCランド、バクリーランド保有のリドー・リゾート買収へ、約1.4兆ルピア。

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2013年6月12日 (水)

セラミック博物館のマスターピース

ここも 中々中に入るのに躊躇させられる所である。オープンは9時から15時まで月曜と祝日が休館であるが土日開いているので、パーキングさえうまく行けば入れぬ事はない。
ファタヒラの歴史博物館の横にあるが、駐車はレストラン・バタビア辺りがいつも空いている。
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Museum Seni Rupa & Keramikである。我がブロクでは 「ファイン・アート・セラミック博物館」、絵画美術セラミック博物館と訳したが一般にはセラミック博物館と省略している。
1枚の案内ビラと小生のブログの説明と異なる点は1968年から1975年まで、小生は西ジャカルタの市庁舎として使われたとした(Heuken氏の既述による)が、案内によるとジャカルタ市の博物館・歴史管理局の事務所であったとある。1976年にSeni Rupa Musiumとしてスハルトがオープンしたが翌年アディサディキンが右・左両ウイングをCeramik博物館として追加し両者は1990年に名前と共にも合併した。.
陶器関連は8,000点もあるそうだが展示は少なかったのでチラ見で終わりにした。
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絵画部門には前回紹介したRaden Salehの「Bupati Lebak」、Affandiの「Potret Diri」、Hendra Gunawan「Pengunsian」、S.Sudjoyono「Tiga Wanita」、Hendra Gunawan 「Pengantin Revolusi」、Basuki Abdullah 「Wanita」、Dede Eri Supria 「Urbanisasi」の他にAgus Djaya 「Fighter」、S.S.udjojono「Birth &Generation」、Sudiono Kerton 「Struggle」、Sudarso 「Kustiah」、Abas Alibsyah 「Temple」を追加しなければならない。 写真上はパンフレットからスキャン失敗作ながら。。下はその時の一枚、これも失敗作で且つ作者を撮るのも忘れた。

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2013年6月11日 (火)

完工まじか国民福祉調整大臣府

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既に紹介した様なきがするが、ムルデカバラットの裏のアブドゥル・ムイス通りの変貌である。インドマルコの5月号の表紙写真でアブドゥルムイス通りのビルの写真を掲げ、「首都の省庁ビル街。奥の一番高いビルは運輸省のビル。その手前の少し低いビルは遠隔地方開発担当国務大臣事務所で、一番前に見えるのが憲法裁判所のビルである。」としたが、
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そのずっと手前に国民福祉大臣府(Kesra)の高いビルが建設中である。もう大分前の写真であるから殆ど完工まじかだと思う。この調整大臣府は保健相、教育文化、宗教省など9つの省を束ね統括するが前線ではないのでそれほど仕事は無い筈である。その証左が今の建物の小ささであるが、
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その昔日本の領事館があった所なので、そのサイズもこの通りの圧倒的な巨大さである。 総じてインドネシアは大きな政府である。 XX担当国務大臣でもスポーツ・青年担当など、大きなビルを持つ 

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2013年6月10日 (月)

意味ない散策 バタビアのべガス

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どこか見た写真があったのでアルバムを探したら何枚か出て来た。コタは北のRoa Malaka地区、或いは昔のパッサールパギの近くのJl.Perniagaan Baratの角に建つ古い中国建物である。昔すぎるがこの通りは18世紀初めバタヴィア随一の夜の歓楽街だったという。麻薬とギャンブルとプロスティチュートの店が軒を連ね、麻薬が済んだら女を侍らせギャンブルに興じたというがその店が26軒並んでいたのでその意味の中国語Dji Lak Kengが通りの名前でその前をAngke川が流れていた。 川は現在もあり写真では左側を縦に流れている。 
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ここに行くにはPintu Kecilに向かうPancoranを数百メートル入ったところで左に取りトコ・ティガの所で運河を渡りTubagas Angkeに向かう道を取るとこの大きな家にぶつかると思う。この家は薬局でLay An Tongと言う名前である。
26軒のうち現在5軒残っているそうであるが市の保存遺跡となっているかどうはは知らない。見る所、朽ちるに任せている様に見える。残して感概にふけってもらっても意味はないだろうし。しかし、Roa Malaka地区には戦後からスカルノ時代にかけて日本の商社や銀行も所在していたので、日本のビジネス戦士もうろうろした事が有るかもしれない。

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2013年6月 9日 (日)

ブタウィのPalang Pintuフェスティバル

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今日午後3時、南ジャカルタでPalang Pintu Festivalが催されるとBeritaJakartaから案内があったが、それは6月8日から始まっており9日で終わりの様であった。場所はクマン地区であるので直ぐ駆け付けることは出来るが普通でさえ渋滞で大変なので運ちゃんに近くに送ってもらって歩くのがいいのだろうが。。Palang Pintuとはドアの十字の意味なれど何か謂れがあるのだろう。昨年のポスターではシラットの試合の絵柄がある。
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ここで紹介されていたブタウイの文化としては前にも「Gambang Kromongの背景話」として紹介したごちゃまぜガメラン(?)とか多分ドタバタ(?)演芸 LenongとかKerak Telorというパンケーキ等がある。 よく市政府やメディアはBetawiの文化とフードを持ち上げるが何故か私にはなじみが無いのはどうしてだろう。

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2013年6月 8日 (土)

地下鉄よりモノレール:ジャカルタ海

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「首都を海水が侵す」と言うタイトルのJPの新聞論文が書かれていたが書いたテレシアさんも小生も学問的なアクセスに欠けるが要点と専門家の意見をお聞きしたく疑問点を書いておこう。
1)「予防的対策を取らないと10年内にジャカルタは海水進入(Seawater Intrusion)におかされよう。既に海水進入はバンテン広場とブロックMに達している。」 
海水の浸入とは地下に海水がしみ込んでいる状態だと思うがそうなら陸の等高線で表現してほしいものだ。或いは海水は北海岸から全面的に押し寄せ高地のバンテン広場(モナスはどうか)を越えてメンテンからクニンガンへそしてウィジャヤヤからブロックMに達しているとかの表現が解りやすいのだが。。
2) 「行政府は掘り抜き井戸(Artesian Well:地下水の水圧を利用して噴き出すように作った)掘り抜き井戸.)の数を管理し又海岸線にマングローブを植樹しないと10-15年内にジャカルタは地下水不足に陥るだろう」
市民が勝手に井戸を掘ると地下水が不足しそこに海水が入りやすいと言うのであろうか。
3)「この状態は高層ビルの地下の金属基盤が腐食し影響が出る」
地下に押し寄せた海水の塩分で鉄がやられるのだ。 この様な見方は昔からあって、これが地下鉄の建設を断念せしめていたと理解していたのであるが。。
4) 「地下水の使用により毎年7cmも地盤が沈下している」 
ワァツ、これなら10年も待たず海水進入は地下でなく陸上から直接襲うことになる。ジャカルタが海に沈むのだ。 何しろ60%は海抜0%とか言われるジャカルタなのだ
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5) 「IPBの専門家は市はもっと湖やダムなどのブルー・オープン・スペースを備えるべきだと助言する。 住宅デベロッパーはこれらの湖水風景は住宅コンプレックスの付加価値となるので積極的に保存或いは建設すべきだと」
これは雨水対策とか洪水対策だったはずだか。。
とこの論文は取り留めのないことを書いているが 一つ言える事は地下鉄よりモノレールの方が将来問題が少ないと言う事であろう。

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2013年6月 7日 (金)

栄光のガルーダで777-300ERに乗ろう

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格安ライオン・エアーの対抗馬として子会社のCitilinkを設立したガルーダであるが一時ヨーロッパ線から排除(禁止)されていた頃[2007年]と様変わりでこの5月には世界のベスト航空会社に選ばれている。今年は6億ドルを投資し40機増やしてGarudaで104機、Citilinkで35機とする計画も持っている。
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その中にボーイング 777-300ERを含んでいる。ワイドボディの双発機で777シリーズは既に1,000機に達する名機である。300ER は全長74メートル、全幅65メートル、航続距離は15,000km弱の長距離用である。ガルーダは314座席であるが、525座席を含む500座席を用意したのは世界で日本の2航空会社である。ガルーダでは8月20日から9月19日までの期間限定ではあるが、成田―ジャカルタ線、成田―デンパサール線にもお目見えさせるそうだから、なんとか乗ならねばなるまい。(現在、8月17日を予約したが戻りにはのれるのかな)
下の写真は世界で最初の導入した世界最大のエアーライン ユナイテッド社の777-300ER

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2013年6月 6日 (木)

27航空会社とMerpati Airlines

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航空会社のニュースは毎数日を置かず出てくる。昔はボーラク等あったが現在の航空会社のリストをつくってみると驚くなかれ27社もありニュースが多いのも当然だ。
挙げて見ると
Garuda、Citilink、Lion Air、Wings Air、Batik Air、Merpati  Nusantara Airlines、Mandala Airlines、Batavia Air、 Sriwijaya Air、Kartika Airlines、Airfast Indonesia、Air Regional、 Deraya Air Taxi、 Dirgantara Air、 East Indo、Express Air、Indonesia Air Asia、Intan Air、Kalstar Aviation、  Kura Kura Aviation、 Mannunggal Air、 Pelita Air、Premiar Riau Airline、 Susi Air、Trans Wisata、Travita Air、Trigana Air
これから競争激化と淘汰の時代を迎えるのは明明白白である。その中で債務にあえぐMerpatiであるが、これはGarudaに次ぐ国営会社であるが、今高速道路会社のCMNP社からの買収の話が出ている。Garudaに対するMerpatiは鳩であるので飛ぶより地面を歩く方が多い。
Merpatiは66年設立と古く今は東部インドネシアとKLとDeliをカバーしており、ボーイング737-200・300が10機後はフォッカ―中心の合計45機で運航している程度であるが、Tutut女史のCMNPは高速道路と航空会社でどのようなシネルギーを考えているのであろうか。いずれにしても更なる競争が始まる事であろう。

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2013年6月 5日 (水)

魅惑的バティック・エアーとLionの実力

急伸長の格安航空ライオンエアーがまた、子会社を作った。今度はBatik Airと言い、格安でなくフルサービスのpremium classである。これでGarudaとまっ正面から挑戦する訳であるが、既に搭乗率ではGarudaに勝っている。
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premium というが料金は今例えばJKT -JOG でRp400,000と出ていた。小生にはクバヤとバティックの白いユニフォームに胸元白いプラムガリがpremium ではないかと了解した。
この5月の最初のフライトのLaunchingにはJusuf KallaがKirani (CEO)と共に写真に納まっていたがバックのカラ氏が社長であったのだ。ライオンエアやその創業者については「ライオン・エアーの脅威」として書いたが、今彼は保有機数1,000機を目指している。これは大変なことで日本の航空会社の200-300代をはるかに超え、いや、世界最大のユナイテッド航空[700代さえ軽く抜く。
BatikはマナドとジャカルタをHub基地に現在8都市に就航している。使用機は主力はボーイング737-900ERsであるがあの787を5機導入予定である。(注文を入れ全部で31機)
Batikの前の子会社はWings Airであるがこれはダグラス機等を使用したComunterの様だ。インドネシアの諸島をくまなくカバーして現在24機+42機見込みである。
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本体のライオンエアは現在92機で、シンガポール、KL、ホーチミンを含め39都市で就航している。発注中の機材は900ER 178機、ボーイング737MAX  201機、A320neo  169機、A321neo  65機である。 ボーイング購入契約調印ではオバマ大統領、エアーバス購入にはオーランド仏大統領が立ち会っている。
その他にLionはマレーシアのMalindo Airの49%を保有している。写真はMerdeka.comより借用。
900ERはSingle Aileとなっている。

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2013年6月 4日 (火)

インドネシア尿素プラントに花咲く日本技術

吉住留五郎氏が住んでいたKebon Sirih No.80を訪ねて動き回ったのであるが、82までは行ったがあと見失ってしまった。その82番地の写真も何故かアルバムから失われている。
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その場所は多分タムリンを越える方であるが、越えないでムルデカ・スラタンの裏側の一番東端(Prapatan側 住所はKebon Sirih Raya No. 6A)にちょっとしたビルがあり、大きくPlaza Pupuk Kaltimと書かれているのでこれを机上取材する事にした。以下の結論を得る為には1日以上かかっている。
Pupuk Kaltimはインドネシア最大の尿素肥料会社である。 年間約3百万トンで2番手がPupuk Sriwijayaで2百万トン、3番手がPupuk Kujangの1百万トン、他を加えて合計7百万トン、 数字は若干違うが他の資料ではインドネシアは世界で5番手位である。 
日本では三井化学が年36万トン程度生産するほか見るべきものはないが、日本は1924年には世界のトップグループにあり、多くの技術開発をしてきて現在は尿素から離れた総合化学メーカーに育って行った歴史がある。そして又途上国等への新規大型尿素プラントの建設等そのプラント技術へと花開いた。 世界のトップは中国で24百万トン、インドが12百万トン、どこにでも顔を出す中国には辟易する。(中国を見下してきた日本に辟易なのだ)
Sriwijayaは1959年創業(63年商業生産)であるがKaltimは1984年の後発で現在これらの国営肥料会社はSriwijaya を母体に持ち株会社 Pupuk Indonesiaとして合体されている。尿素を製造する会社としてグループを纏めると
PT Pupuk Sriwidjaya::(略称PUSRI) パレンバン、2010年再Spin-off
PT Pupuk Kalimantan Timur: (KALTIM) 西カリマンタン、ボンタン地区
PT Pupuk Kujang,:チカンペック
PT Pupuk Iskandar Muda:アチェのロクスマエ
PT Petrokimia Gresik :東ジャワ・グレシック
Kaltimがトップになったのは三菱重工が建設しただ第4プラントが貢献しているが更にKBR がNo5.プラントを建設中である。Sriwidjayaも東洋エンジの手により新工場を建設中である。
アセアンのシンボル企業であったAsean Aceh Fertilizerは精算となった。
KALTIMと言えば三井物産主導のカルティム パシフック アンモニア(KPA)と双日主導のカルティムメタノール(KMI)があるが又別稿としよう。

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2013年6月 3日 (月)

黄色い獅子ハウス

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Jakarta by Train comさんのおかげで又一つ建物の名前が解った。カリブサール・バラットの一番左端は昔チャータードバンクであったがその隣の建物である。 或いは有名なトコ・メラーの小さな建物二つ手前である。インドネシアではGedung Singa Kuningと言うらしい。
Singa Kuningと言うのはイギリスの勅許会社北ボルネオ・カンパニーのロゴで2匹のライオンの彫像がある。(未確認) ビル自体も少し黄色である。1921年にこの会社が整備したが、その前、有名なドイツ人Baron Carl Friedrich von Wurmb (F. von Wurmbとも) も住んでいたらしい。ここまで書いてこの建物は以前マイブログで「National Librayの創設者」として書いた事を思い出した。
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彼はRadermacherが創設したKöniglich Batavischen Gesellschaft der Künste und Wissenschafte 王立バタビア芸術科学院、後の国立博物館)の最初の執事(Secretary)でNational Libraryの創設者である。
彼が1778年に創設したNational Libraryは現在のMerdeka Selatanの方のPerpustakaanではなくSalemba RayaのPerpustakaanである。そう言えばToko Merahはイムホフ総督が建立したが一時博物館的に使用された事もあった。写真の左がSinga Kuningで右がToko Merahであるが両者の建築スタイルは刻似しており、色とサイズのみが違うとさえいえるEuropean Closed Styleで古典バロックであるそうだ。

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2013年6月 2日 (日)

ギャング・ニュース2題

「ギャングのリーダーの弟が銃撃で暗殺される」と言うのが一つ目のタイトルであった。Tito Keiと言いあの有名なJohn Keiの弟で住んでいるブカシ市内のキオスクでカードで遊んでいた所で殺された。キオスクのオーナーも犠牲になった。
興味を持ったのはやくざの島争いに巻き込まれない様に知識を持つことでもあるがJohn Keiと言う名は華人で唯一と言える国家英雄となったJohn Lieと似ていたからであるが兄弟はMalukuのKei諸島の出身である。
Titoと言うのは弁護士でもあり、KEIグループは島の上がりからよりも債権回収をあつかっているようだ。John Keiは昨年鉄鋼会社のオーナーを射殺し、その後の逮捕劇で彼は警察に打たれ逮捕されて今12年の獄中にいたのであるが。。誰に何が尾をひいていたのであろうか。
後一つは「ヘラクルス、複数の罪で裁判へ」と言うものである。
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ヘラクルスはプラボオが手を組むグループの頭領でGRIBの旗揚げのニュースはこのブログでも取り上げたが、犯罪の扇動、傷害、恐喝等で8年の刑で起訴されている。彼が逮捕されたのは3月で有ったがその時彼は右の眼のガラスの義眼を取り出し警察に投げるなど脅した行動をとったが最後45名の手下と共に逮捕された。根城には警察の彫りのあるピストルや銃弾が見つかっているが彼は裁判でも国家警察長官Timur Pradopo大将や西警察署長の准将の組の者の扱いについて謝意を述べるなど深い関係を誇示している。

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2013年6月 1日 (土)

プルイットの大変貌

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ここずっとプルイットの湖岸に違法居住する住民の移送問題が取りざたされている。残念ながらPluit Damとか、Pluit Polder(干拓地)とか言われるがそこが何処かは解らない。多分Pluit Wadukの西側の事であろうか 
BeritajakartaからWadukの上空写真を借用したのでそれで確かめられる。
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東側はPluit MutiaraやPermaiの高級住宅地を控えているので問題はないようだ。先日Pluit Selatanを通った時、大きな工事をやっていたのでこの辺りは大変貌を遂げるのかもしれない。問題の一つはこの湖は洪水対策の貯水機能を持っているが2メートルのゴミが底にたまっておりDredgeが必要で、市営 (BUMD) PT Jakarta Propertindo (Jakpro)が担当しているが併せてこのダムの両サイドに監視道路を、ゴミ管理設備、浄水設備を設置しまた アンチョールの会社と共にレクレーション設備を作るようだ。住民に対しては近くのMuara Baru他に高層アパートを建設しそこに移ってもらう事で、一時このプロジェクションにNGOも参加して大反対運動が有ったが、洪水に見舞われる中多くが移転に同意してきた。とりあえず1,200家族、最終17,000人を移転させる事でMarundaやLuar Batang、Daan Mogot等もその移転先の一つである。移転先アパートはTV、冷蔵庫などありとあらゆる家電が備え付けられ家賃もRp200,000程度と補助されている。この様な事は今までには無かったことである。同じ様な住環境に住んでいる人は五万といるがこれが先例となるのであろうか 放火追放が常套手段だった昔流とは行かないだろう

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