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2013年8月20日 (火)

Kebon Sirih 80

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と言う住所を知ったのはチョウ・シン・モ回想記からであった。それは1944年マカッサルの海軍の仕事からジャカルタに移ってきた吉住留五郎に海軍武官府の前田精少将が調査第3課長として迎え入れ住まわせた所となっている。課員には西嶋重忠、田口忠雄、沖原紀夫、ハイルディン等が居て将来の独立の為の青年団Pemudaを編成する仕事を行ってきた。彼らのたまり場がKebon Sirih 80でグループも後にこの住所で呼ばれた。敗戦となった時前田少将は物資を売却した資金250万ルピアをインドネシアに残る決意をした吉住に独立の為に使う様にと渡し、これが、前から育成してきたラシュカル青年団(タンマラカ)の資金となったものである。日本軍には後一つこの様な教育塾があるが此方は陸軍の軍政幹部が作ったアスラマ アンカタン ムダでンテン31グループである。
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とう言う事でKebon Sirih 80 を探しに出掛けたのであるがこの番号のは無く88番地の隣の写真の建物だと推定した。
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と言うのはその前の建物が96番地であり8番の間隔を引くと80になるからであり、且つここはコストラッドのメスのようであった。このみっつ供並べて見よう。

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