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2013年8月 9日 (金)

ワヤン博物館に眠る総督達

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クーン総督のお墓から振り返って見ると、いくつかの総督の墓碑がある。ブログで何度も登場したイムホフ総督はタナバンのお墓からここに戻ってきたようだが、あと二つの総督が居るが年代がばらばらであるので同じ様な状況だろうと思う。Willem van Outhoorn 総督 とAbraham Patras 総督 である。
アウトホールン総督は1635年アンボン生まれである。オランダの栄光の17世紀と言われるディーメン総督の時代である。
商人としてVOCに入社後総督まで登り詰めた。総督も13年に長期に渡り、退任後も70歳で病気でもあったためバタビアに滞在が認められ、ここで没した。
彼の在任中の出来事にはコーヒーの栽培がある。この試みはZwaardecroon総督の時になって本国への輸出へと成功した。彼が死亡する直前にマタラムのアマンクラットII死亡後の継承問題からVOCが介入し1704年第1次ジャワ継承戦争が始まっている。
パトラス総督の時代は1723年のピーター・エルベルフェルトの反逆事件と1740年の中国人の大虐殺事件の間の不穏な時代であった。彼は商人勤めをした後VOC支店の兵士として東インドにやってきたが、アンボンやスマトラ各地で商人として活躍したがVOCの評議員経歴も無く、1935年突然仮の総督に任命され本部もこれを認めた。死亡までの2年間と言う短い期間で彼が下した政策は無いが、敬虔で良心の男でささやかな人生を送ったとされる。
前述のアウトホールン総督と共に先のブログ「バタビアで逝った総督達」に追加修正しなければならない。
24 Sep 1691 - 15 Aug 1704 Willem van Outhoorn (1635 - 1720) 85,13
11 Mar 1735 - 3 May 1737 Abraham Patras (1671 - 1737) 66、2

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