« クンストクリンがBuddah Barだった頃 | トップページ | 独立記念日のガルーダ »

2013年8月16日 (金)

独立記念日、モナスの彫像達

00june_expo_001


昨日はインドネシアの独立記念日であったのでジャカルタ新聞がジャラン・ジャラン モナス博物館を特集していたのでそれに合わせ小生も何か書くと、外回りの記念碑・彫像を挙げて見よう。まずは
1) 北側にあるディポネゴロの像
2) 東側にあるカルティニの像
3) 南側にあるイカダ記念碑
4) 西側にあるハイリル・アンワールの胸像
5) 西側、上の横にあるM.H.タムリンの胸像
6)モナスの外側になるが南西角にあるアルジュナ像
7)同、ムルデカ・スラタン通り入口に建つタムリン像
昔「モナス徹底調査」を書いたがこの分野は収録を忘れていた。すべてブログに登場済みであるが、別稿を予定していたのであろう。
00kartini_007


カルティニの像は日本からの寄贈品であり、昔、デポネゴロ通りのバペナスの前に建っていたのであるが、せめて道路の名前にその道路の人名像を立てようとのS市長のアイデアでディポネゴロ像に追い出されここに移転したのである。 東の端に日本人の来訪を待っている。
00tugu2_jakarta_10jun06_044


道の名前の銅像を建てるため新たに像を作ったのでディポネゴロだけでなくタムリンもスディルマンもいくつも立つことになった。幾つも作ってもディポネゴロさえ変わり映えはしないが。 

それでも、戦争の武器にする為引き倒した日本とはえらい違いである。映画 「少年H」 では二宮君の出征送別朝礼の模様があったが、二宮金次郎は像の数では世界一だったのであろうか。これは再建されていい。

|

« クンストクリンがBuddah Barだった頃 | トップページ | 独立記念日のガルーダ »

インドネシア・ジャカルタ歴史今昔」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/18815/52903395

この記事へのトラックバック一覧です: 独立記念日、モナスの彫像達:

« クンストクリンがBuddah Barだった頃 | トップページ | 独立記念日のガルーダ »