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2013年8月23日 (金)

日本大使館の変遷

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インドネシアへの日本の外務省・大使館の設置の歴史を見ておくのも日本人の正式な関り合いとして知っておくのも悪くはない。この地は戦前オランダ領で有った訳で日本との外交関係は宗主国のオランダとの間にあるだけで、外交ではなく進出・滞在する日本人のフォローの面が外務省の仕事であるので大使館はなく領事館であった。
そしてこの最初の領事館は明治42年の紀元節の日に設置せられた。この領事館は日本占領時は不要となり戦後復活する事になるが、日本敗戦で日本が独立を失った訳であるので最初は領事館も認められず昭和1951年11月22日になって外務省の在外事務所と言うステータスであった。そして翌年サンフランシスコの講和条約(4月28日)で独立を復活したあとの8月5日に総領事館となり、日本とインドネシアの賠償問題が片付いて外交が開かれた時1958年4月15日に初めて大使館となったものである。戦前の領事館はスラバヤメダン、メナド、マカッサルにもあったが、在住者はバタヴィアで292名に過ぎなかった。
それらがどこにあったのかは今整理が付きかねているが
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1942年まで ムルデカバラット(? Or戦後)

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1952年頃 クブンシリー 28番地(怪しい) ここはDKIの市役所の敷地で、この手前3-4前が34番地である。
       市役所のすぐ隣のPanca Gatraかもしれない。
1962年頃 イマムボンジョール(?)
1967年頃 タムリンの現在の場所
1998年頃 建て替えの為一時タムリンのサリパシフイックホテルの前のビルに移転
2004年頃 現在の武骨な大使館
(追記)2017年5月11日ブログhttp://jakartan.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/uscagarbudaya-2.html参照
蘭印時代日本領事館はクブンシリーの先のFachrudinにあった。


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コメント

今の場所に移ったのは66年か67年だったと記憶しています。民間企業も同居していて、1階にはJALがありました。

投稿: 通りすがりのおじさん | 2013年8月25日 (日) 13時05分

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