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2013年9月11日 (水)

二人の総督の合葬

VOC最後の総督のオーフェルストラーテンのお墓の前に番号No.20のお墓がある。
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プラサスティ墓地公園の一番奥、右手である。最後の総督のお墓は地面にぬめり込んでいる有様であるが、No.20 の方は犬小屋程度の屋根が付いている。
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お墓の蓋には三つの鳥といくつかの球の絵柄があり、元々は1770年に亡くなった理事会の委員Baselのものであったが大きくて立派な石であったためいくつかの合葬になったという。
それが総督アルティングとシーベルフ及びジャワ東北海岸理事官エンゲルハルトである。
2 Sep 1780 - 16 Aug 1796 Willem Arnold Alting (1724 - d. 1800) 76、16
22 Aug 1801 - 19 Oct 1804 Johannes Siberg       (1740 - d. 1817) 77、3
これでジャワで亡くなった総督は合計24人を数える。

既にVOCの凋落は明白になり1790年ウイレム5世は再建委員会を組成し、その現地側の一人がアルティング総督である。 色々理想の計画は出されたがどれも実行不可能なまま1795年本国はフランス革命が押し寄せた大革命となり、アルティングは1796年総督を辞任、最後のオーフェルストラーテン総督に譲った。 その次の総督がアルティング総督の女婿のシーベルフである。つまりこの連続3代のお墓がここ墓地公園の北隅に放置されているのである。
シーベルフの時代はソロの王家やバンテンのスルタンとも平和に共存を図った時代である。合葬されたエンゲルハルト知事はスルタン達にVOCへの忠誠宣誓方式を維持し戦乱を回避する事に成功した知事である。

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