« イオン三題 | トップページ | ベスト電気、東芝、パナソニック、シャープ »

2013年9月 5日 (木)

VOC最後の総督の墓

VOC(オランダ東インド会社)は1799年12月31日に特許期限が切れたので後は国家が引き継ぐ形で解散した訳であるが、そのVOCとしての最後の総督はOverstratenである。
16 Aug 1796 - 22 Aug 1801 Peter Gerhardus van Overstraten (b. 1755 - d. 1801)

この時代オランダ本国はフランス革命の後革命政府の膨張でオランダはその支配下にありオランダのオラニエ公はイギリスに亡命し、植民地がフランスに取られるよりましだとしてイギリスに譲渡する書簡(キューの書簡)をイギリスに与えていた。
従いイギリスも東インドに目を向け何度かの遠征でジャワもフランスより奪ったが、最終的にはイギリスはイギリスの防波堤であるオランダの国力を付けさせるため東インドをオランダに還付するのである。この後も総督は日本占領まで続くのであるが、Overstraten総督はこの激動の時代の前哨的特異な位置にあるといえる。
00dsc_0088_overstraten


そのお墓を又プラサスティ墓地公園に発見したのである。手掛かりHeuken氏のHistorical Site of Jakartaの中の1行の文字でお墓の番号が21だと言う。昔NO.20 とか見ていたので探しに出掛けた。一つ一つ番号を確かめながら歩いたが無いので諦めかけてNo.20から後ろに踵を返したその足元に放置されたようなお墓が有ったのだ。写真では汚れて判読難しいが確かにNo.21 とPeter Gerhardus van Overstraten の字が彫られている。
00dsc_0089

総督は任期途中でVOCの総督からフランス支配のバタヴィア共和国の総督になった。イギリスはマラッカ、スマトラ、パンダを落としいれジャバをも睨みフランス保護下のバタビア共和国に宣戦を布告した。1800年8月イギリスはボール引率の艦隊をバタビアに送りバタビア港を封鎖しオンラスト島のオランダ艦隊を殲滅、更にバタビア市の東部より上陸せんとしたが必死のオランダ(バタビア共和国)軍の土人も味方に編成した軍に撃退される。このイギリス軍を撃退したのがこの総督が訓練したバタビア共和国の土人部隊なのである。総督は1801年その戦乱の中で亡くなっている。それにしてもこの悲惨な総督のお墓、オランダ政府にはなんとかする金も無いのであろうか。

|

« イオン三題 | トップページ | ベスト電気、東芝、パナソニック、シャープ »

インドネシア・ジャカルタ歴史今昔」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/18815/53153770

この記事へのトラックバック一覧です: VOC最後の総督の墓:

« イオン三題 | トップページ | ベスト電気、東芝、パナソニック、シャープ »