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2013年11月 3日 (日)

ジャワ王朝の歴史的年代記

インドネシアの歴史はどうしてもジャワが中心になる。ピテカントロプスはさておいて、書きだす最初はタルマネガラであるが、その前にインドから移ってきたサラカネガラ王国もあった。これらは伝説的石碑記録があるがジャワ王朝として歴史記録があるのは
ジャワにおいてはサンジャヤ・サイレンドラ王朝からであり、スンダにおいてはスンダ朝・パジャジャラン王国となる。
その後ジャワは古マタラム、クデリ、シンガサリ、マジャパヒットとして移ろうが、15世紀から強大となったイスラム国に圧倒されてスンダはパジャジャランを最後として消滅、ジャワはマタラム王朝がオランダに浸食されながら細々といきているという歴史を辿っている。
マタラム王朝は浸食されながらも文化を維持してきたが、一方スマトラは古代のスリウイージャヤからムラユ王国程度で文化歴史記録も多くはない。 インドネシア現代の背骨ともなっているこのジャワ王朝の華やかなりし文化の歴史を残した古代記も又歴史的事績として刻まれている。
その双壁が「ナーガラクルターガマ」と「パララトン」であろうか

「ナーガラクルターガマ」(1365年) パラパンチャ作、マジャパヒト王朝正統史 
「パララトン」(1481~17c) 作者不詳 シンガサリからパジャパヒット 諸王の書

後一つ上げるとせば、井口正俊氏の最新の著作「ジャワ探求」の中に氏が名つけた「列島列王記」だろうか。18c初め ワングサクルタ皇子委員会が編集したとあり、インドネシア最初の王から書き始めた歴史書である。

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